赤い糸が繋がるまで

日陰の向こうの日向


 シャープペンシルに、細くて長い指が添えられていた。シャープペンシルは銀色のそっけない見た目をしていたが、高級感のあるロゴが刻まれているところからして、上等なものなのだろう。小さな筆箱にはこの一本のシャープペンシルしか入っていないようで、その一本を大切に使いこんでいるのだろうと思った。

 比較的整った顔だち、すらりと長い手足、長く癖のない髪。

「あの、ここは、フェノール基があるよね」

 成績優秀で、どちらかというと言葉数少なく、大人しい性格。しかし、彼女はどこか男受けが悪かった。きっとこの隙のなさが、男を遠ざけているのだろう。そういうところも、俺は嫌いではなかった。

 すらりと長い指のようなシャープペンシルが、構造式を綴っていくところを眺めながら、俺はそんなことを考えていたのだ。しかし、俺の友人はきっとシャープペンシルが銀色であることを認識しているかどうかすら怪しかった。俺の友人、茂庭要は、明日の試験のために、必死に構造式を頭に叩き込んでいるのだから。ここまで覚えていないとは、講義中に何をしていたんだろう、と俺は呆れ顔で友人を見ていた。

 彼女は俺のクラスメートで、俺が友人のカナメ家庭教師として家に呼んでいた。下心があったわけではなかった。

 彼女は俺の期待通りに、あの銀色のシャープペンシルで立派なノートを作りながら説明した。成績優秀とあって、知識には漏れもなく、俺も感心しながら聞いていた。彼がそもそも有機化合物そのものをわかっていないことに気がついても、呆れることなく一生懸命シャープペンシルを動かした。

 俺はシャープペンシルにからまった長い指を見ながら、時々茶々を入れた。

 きりがついたところで、俺は貰い物の饅頭の箱を出してきた。何種類かの味のある饅頭だ。俺は最後でいいよ、と二人に言うと、大人しい彼女が珍しく最初に口を開いた。

「先、選んでよ」

 声が僅かに震えていた。そして、カナメが口を開くより先に続けた。俺は目を丸くした。

「がんばっているから、最初に選んだらいいと思う」

 早口だが、元々の声質が通るようにできているものだから、何を言っているのかは聞きとれた。彼女にしてはよく話すという言葉が頭に浮かぶより先に、思わず口元が弧を描く。

_____恋、ねぇ。

 なかなかいいんじゃねぇの、と唇だけで呟く。誠実で優しい友人が、女にもてないのがなんとなく気に入らなかったのもあって、俺の中で彼女の恋を応援することがすぐに決まった。

「及川、お前、抹茶味好きだろ」

 カナメがとった後に、俺は抹茶味の饅頭をつきつけた。彼女の抹茶好きはクラスメートの間では知られていて、俺も当然のように知っていた。

「及川さんのこと、よく知っているんだな」

 カナメは、なぜかあのおひとよしな笑顔を浮かべて、俺を見た。

 カナメ、まさかお前、俺と彼女が相思相愛とでも思っているのだろうか。まさか、と思ったが、彼女のたどたどしさから気付かないはずがないし、どちらにしろこれからゆっくり距離を詰めれば問題がないだろう、と思っていた。それゆえ、俺は彼に確認を取らなかった。何より、俺自身が関わっているため、取りようがなかったとも言えるだろう。

 俺は、彼女とカナメが話をする場を作るだけで、他に何もしなかった。彼女の方も、妙に積極的で心配はないだろうと思っていた。

 結論から言うと、俺は莫迦だった。彼女が恋文を渡したその日の夜、カナメから電話が来た。

「どうしたもこうしたも。及川さんはお前のことが好きだったんだろ」

______分からないのは構造式だけにしてくれ。

 俺はそう思ったが、彼女は呆れることはないだろう。ただ、彼を導くのに、今度は長い指をからめたシャープペンシルは使わないだろう。きっと、あのつたない言葉だけで彼女は彼を導く。
 赤い糸が繋がった時点で、もうあのきれいな長い指はいらないのだろうから。


企画 : Hauta

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