試験の答案が少しずつ返ってくる。私の答案は、すべて満点に近い数字だった。今週末に受ける模試はそうはいかないだろうが、週末に控えた模試や自分の試験の結果よりも気になることがあった。
昼休みにクラスメートの席まで行くと、彼の友人たちに囲まれた彼は、ちょっと、と友人たちを制し、私を見上げ、どうしたの、と尋ねた。申し訳なくて小さく、ごめん、と謝ると、いいよ、と笑ってくれた。
ただ、注目は集まる。私が自ら人に話しかけるなんてことは、あまりないことだから、珍しいと思ったのだろう。喉まで出かかっていた言葉を呑み込みたくなるのを堪えて、私は尋ねた。
「茂庭くん、試験のこと、何か言ってた」
出てしまった言葉は戻せない。私は止まっていた息を吐き、クラスメートを見た。クラスメートは、ああ、と軽く笑顔を浮かべた。
「まだ会ってないからなぁ。そろそろじゃないか。うちも全部返ってきたから。一緒に冷やかしに行くか」
クラスメートはニヤリと笑う。その顔を見て、私は肩の力が抜けていくのを感じた。一緒に行ってくれることも嬉しかったが、彼の友人に背中を押してもらっているように感じたことが何よりも嬉しかった。
「ありがとう」
たくさんの人の前で自然に笑顔を見せることが苦手で、そもそもこんなに注目が集まっているだけでも辛いはずなのに、苦手な笑顔が自然に浮かんだような気がした。
「誰」
隣からひょっこりと顔を出したのは、友人たちだった。
「C組の茂庭要。俺と同中」
友人たちはクラスメートから名前を聞いて、ああ、と相槌を打った。私と違い、人と話をするのが苦手ではない彼女たちは、茂庭くんの名前と顔は一致していたのだろう。クラスメートを囲んでいた友人たちからも、バレー部の、などと声が聞こえた。
「仲良かったの」
友人に尋ねられる。
「仲良くなりたいんだけど」
声が小さくなる。ただ、私の声はよく通るのか、少し離れたところからも、私の言葉に反応するような声が流れてきた。
「じゃあ、俺、及川さんとC組行ってくるから。あいつ、ベンキョーできないからさ。及川さんに、俺が頼んだの。バレー部なのに、大変だろ」
クラスメートが席から立ち上がり、それは仕方ないね、と友人たちは大きな声で言って笑い合っていた。私は友人たちの気遣いに、ありがとう、と小さくお礼を言うと、やや早足のクラスメートの後をついて歩いて教室から出た。
「及川さん、結構大胆だね」
教室から出てすぐに、クラスメートは振り返り、ニヤリと笑った。
「そういうこと、上手く隠すことはできないし、頑張らないとダメなのはわかっているから」
それに、クラスのみんな、いい人たちだから、と続ける。
上手く隠しながら物を運ぶことができるほど、器用ではないことは自覚していた。そして、私は、人と話すことが苦手で、笑顔を浮かべることも苦手で、普通にしているだけで誰かに好かれるなんてことはない。嘘をつくことも苦手で、不器用で、私にできることは本当に少ない。だから頑張らないといけない。
私が愚図なせいで頑張らないといけないのは、茂庭くんのことだけではないのだから。
だから同時に、協力してくれる人がいることは幸せなことも、感謝をしないとけないことも私は知っていた。
「協力してくれてありがとう」
まぁいいよ、という軽い返事は風に流れて聞こえた。廊下の窓が開いていて、風が青葉を揺らしていた。
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