「そう。ありがとう」

 彼はそれだけ言うと、私にクラスの様子を尋ねてきた。友人の話、女友達の話、遊びに行く場所。秘密にしていたわけではないのに、妹にしか話をしたことがなかった。私は話をするのが下手だったが、決して人に話をするのが嫌いなわけではなかった。嫌いではないけれど、そもそも友人は少なかったし、妹に対しては聞き手に回ることが多かった。両親は、元々あまり話をしなかったが、中学のときの進路選択を切っ掛けに、さらに話ができなくなった。

 彼は私の話を、時折笑いながら聞いてくれた。

 クラスメートの家に着くと、リビングに通された。課題が終わっていないようだったので課題から始めた。化学は得意なはずなのに、なかなか上手く説明ができず、理解もしてもらえない。焦ってもおかしくはないのに、集中しないと、必死に考える横顔をぼんやりと見てしまう。柔らかそうな淡い色の髪の影から、必死な表情が見えていた。ただ、その表情さえも優しげで、それが不思議だった。

 きりがついたところで、クラスメートがお饅頭を出してきてくれた。詰め合わせで、何種類か味があるようだった。クラスメートはすぐに、俺は最後でいい、と言って椅子を引いた。

「先、選んでよ」

 声が震えた。こんなときに口を開くなんてこと、滅多にないからだ。

「がんばっているから、最初に選んだらいいと思う」

 言っていること変じゃないかな、と言葉を口に出してから不安になる。ただ、彼は少しだけ微笑んで、ありがとう、と言って栗味の饅頭をとった。

 勉強はその後も続けたが、結局、最後まで教えることはできなかった。友人の家を出た時には、外は真っ赤に染まっていた。

「上手く、教えられなくてごめんね」

 私が教えるのが下手で、嫌な思いをさせていないのか、急に不安になった。

「そんなことないよ。わかりやすかったよ」
「妹にいつも勉強教えているんだけど、もう少しちゃんと教えられていると思う」

 彼はそう言ってくれたが、結局最後まで上手く教えることのできた気がしなかった。妹には、それなりに教えることができていると思っていた。妹は何度も勉強を教えているからなのか、躓くところもわかるし、どのように説明すれば理解してもらえるのかもわかる。

「それは妹さんが賢いからだよ」
「そんなことないよ」

 私ではない何かから言葉が出てきたような感覚がした。人の言ったことを、即座に、こんなにはっきりと否定したのは初めてだった。

「私、茂庭くんのこと、まだそんなによく知らないから」

 いつも出てこない言葉がすぐに出てくる。早口になる。私は彼に、茂庭くんに嫌われたくない。もっと話がしたい。もっと仲良くなりたい。諦めることに慣れてしまっていたはずなのに、それは絶対に諦めたくなかった。私は話をするのが下手で、人と仲良くなるのも苦手だから、この勉強を教えるという切っ掛けをなくしてしまいたくはなかった。

「わからないこととか、困ったことがあったら声かけてよ」

 二回目の言葉だった。夕焼け空を背景に、茂庭くんは少しだけ目を丸くして、ありがとう、と笑ってくれた。

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