叔父は徹を褒めて慰めていた。私は何も言わず涙を流していた。ただ、しばらくすると、泣いたせいだろう、幾分かすっきりした。

 叔父は徹を姉に預けると、私の方を向いた。

「なまえちゃん、ごめんね」

 叔父がなぜ謝るのか、私にはわからなかった。ただ、叔父の顔は優しげで、私は袖で涙をふきながら、少しだけ笑顔を作ることができた。

「いいよ。叔父さんは優しいね」

 叔父の表情が一瞬だけ消えた。私はそれが怖かった、ような気がする。

「私は優しくないよ、なまえちゃん」

 叔父は微笑を浮かべ、続けた。

「本当に優しい人は、徹くんを叱っていたはずだからね」

 当時はその言葉の意味がわからなかった。幼かった私は、叱られることは嫌なだけで、そのありがたさを何一つ理解していなかった。

「なまえちゃんは自分が可哀想だと思うかい」

 当時の私は質問の意味がわからず、首をかしげた。

「わからない、か。じゃあ、なまえちゃんは、徹くんのことが可哀想だと思うかい?」

 叔父の言葉に、何を答えたのかは覚えていない。きっと、私のことだから上手な返し方はではていなかっただろう。

 叔父の言葉の意味を理解したのはいつのことだっただろうか。叔父の言葉を理解したとき、私は叔父に恐怖した。ただ、その頃には叔父にも会わなくなったので、私はその恐怖と直接向き合うことはなかった。

 叔父は人を見限るという事に、私はそのときようやく気がついたのだと思う。叔父は幼い身内を見限った。きっと叔父は賢くて、人にたくさん絶望して、人を見限らないと生きていけなかったのだろう、と私は思った。ただ、それでも私は怖かった。

 叔父の易しい言葉も理解できなかった私は、いつ叔父に見限られるのかがわからなかった。叔父の存在は私の心の支えで、その叔父に見限られてしまっては、私は生きていけないような気がした。

 叔父を心の支えにできるほど、私はできた人間ではないし、叔父のような頭のよい人を心の支えにしてはいけなかったのだろう。

 徹に対して、少しだけ距離をおくようになったのは、叔父へ恐怖を感じるよりもずっと早かった。相変わらず徹のことは好きだった。そして、それは今も変わらない。

 だからこそ、私は徹と同じ場所には立ちたくなくなった。徹と違う世界で生きていきたいと思うようになった。中学生になって、「考える」問題が増えて、成績が上がっていたことも理由のひとつだった。

 徹は強くはなくて、ただ、直向きで、痛々しいほどに負けず嫌いだった。きっとひとつでも私に負けることがあるなんて許せないだろう。それならば、徹と勝負をしなければいい。私は徹と同じものを避けるようになった。徹がバレーを始めたときも、私はスポーツを始めるときにバレーを選ばないと決めた。徹が普通科高校に行くなら、私は普通科高校に行かない、と。学校のテストは、徹のいないときに見せた。

 私は徹から逃げていたんだと思う。

 ただ、カナメくんは私が逃げた場所に立っている。その偶然が胸に突き刺さった。徹に背を向けてしまったことを責めるかのように。

 私はカナメくんの顔を見た。一瞬だけ、小さく口が開いたような気がした。きっと、私の表情の陰りがわかってしまったのだろうと思った。そう考えただけで、言葉が出なくなりそうだった。もし、目の前にいるのがカナメくんではなかったら、私は何を返していいのかわからなっていただろう。ただ、カナメくんだからこそ、一つだけ言えることがあった。

「すごくセッターらしいと思うよ」

 カナメくんがセッターをしているチームを想像すると、暗い気持ちが幾分か明るくなるような気がした。

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