小学一年生の時、私の自由研究が小さな賞をとった。川の石についての自由研究だった。叔父はその自由研究に協力してくれた。叔父と一緒に地形図を持って、石の形や石の種類を見に行った。叔父が高校生の頃に作った石の標本を持ってきてくれたおかげで、全ての石の種類を調べることができた。

 正月に叔父に会ったときに、私は何よりも先にそれを報告した。叔父は私に笑いかけた。

「よく頑張ったね。じゃあ、今年はそれをさらに広げよう。石から何がわかったのか整理して」

 小さな賞をとった、ちょうどその頃、徹が熱を出していたものだら、両親はそれにかかりきりだった。両親は叔父の手助けが多かったことを知っていたこともあり、私は両親に褒められることがなかった。

 そもそも、私は徹のついでに褒められることが多かったためか、一人だけ褒めてもらえることも少なかった。
 だから、とても嬉しかった。嬉しくて嬉しくて仕方がなかったことを今でも覚えている。

「ありがとう。私、もっとやりたい」

 私は笑うことが少なかった気がする。徹は、みなに笑顔を振りまいて、みなを笑顔にさせていた。ただ、私は人と目をあわせることすら苦手で、笑うことも少なかった。

 でも、その時だけはきっと違ったのだろう。両親と姉が目を丸くして私を見ていた。私は両親と姉を見上げた。

 すると、母も父も姉も、みんな笑ってくれた。私はそれも嬉しくて嬉しくて仕方がなかった。

 私は自己中心的だったと思う。その時の徹の表情を、私は覚えていない。きっと見ていなかったんだと思う。徹の気持ちなんて私は少しも考えていなかった。

 自由研究の成果である石の標本を広げて、叔父と少し話をした後、本屋に行った。私は叔父のジムニーの助手席に這い上がり、シートベルトを締めた。私はこの叔父の車が好きだった。土の匂いと埃臭さのあるその車が、きっと珍しかったんだと思う。

 本屋で選んだ本を抱えて私は家に戻った。本は重かったけれど、家に帰って石を調べるのが楽しみで、私はずっと自分で抱えていた。

 家に戻ると、私はすぐに石の置いてある座敷に向かって走っていった。そこには、きれいに並べられた石と説明書きがおいてあるはずだった。ただ、そこにあったのは、私のおいていったそれではなかった。

 石はバラバラになり、下手なりに一生懸命書いた文字もなんの意味もなさなくなっていた。

 そして、そこには徹が立っていた。石のひとつを握ったまま。

 徹は、座敷の入口に立つ私を見た。

「徹、なんで」

 なんでこんなことをするの。

 その言葉が出てこなくて、かわりに涙が溢れてきた。

 小さな子どもの小さなやきもちが起こした些細な意地悪だと言われても仕方がないものだった。でも、徹にとっては、その小さな体では抱えきれないほどの強い感情だったんだと思う。

「俺の方がなまえよりもテストの点いいんだから」

 あの時の徹は、私よりもずっと必死で、ずっと苦しそうだった。悪いことをしたことは分かっていたのだと思う。分からないはずがなかった。徹は人よりもずっと負けず嫌いなだけで、優しいから。徹の目はきらきらと光っていて、今にも泣きだしそうだった。あのきれいな顔はくしゃくしゃで、歪で、それなのに関わらず、きれいだった。

 きっと、謝ってはくれないだろう。

 そんなことはわかっていたのに、私は自分の感情を処理するためにただ泣くことしかできなかった。徹には悪いことをしたと思う。

 一番苦しいのは徹なのに。

 ただただ泣いていると、涙でぼやけた視界に影が差した。

「そうなんだね。徹くんはすごいねえ。悪かったねえ。私が間違っていたよ」

 叔父の声がどんなものだったかを私は覚えていない。ただ、少しだけ怖かったように感じた。その時にはすでに。

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