家に帰ると、洋服箪笥を開けた。中学に上がって以降、私はほとんど私服を買わなかったが、姉がくれたものがいくつかあった。姉がもう入らないからと言ってくれた黒のワンピースを出す。妹がよく似合うと言ってくれたため、お気に入りだった。黒のワンピースを着ると、廊下から徹の声がした。

「昼ご飯だって」

 ありがとう、と言いながらドアを開けた。徹はちょうど今日から試験期間で、私と同じように早く帰っていたらしい。

「どこか行くの」

 徹は部屋の前にいた。私を見るや否や、そう尋ねた。

「クラスメートの家で勉強会」
「工業高校とか、あんまり試験勉強しなくていいんじゃない」

 徹は歩き出し、勉強会が余程面白かったのか笑った。化学工業科はそこそこに進学者もいるため、普通科と同じくらいに勉強している人もいる。しかし、そんなことは言ったこともないため徹は知らない。

「勉強、教えてくれって言われてるから」
「へえ。女の子?」

 私はゆっくりと息を吐いた。そして、徹の目を見た。

「男の子」

 表情が強ばったような気がした。強ばったのだろう。私は徹の気持ちがなんとなくわかった。だから、その気づくはずもない小さな表情の変化がわかった。

「俺もさあ、女の子に誘われたんだよね。でも、岩泉がどうしてもって言うから」

 困っちゃうよね、と徹は笑った。

 岩泉くんは小学校からの徹の友達だった。岩ちゃん岩ちゃんと、徹はいつも岩泉くんの名前を呼んでいた。小学校から中学、高校とずっと一緒にバレーをやっている。

「そう」

 双子とは難儀なものだと思う。仲が悪いとは思っていない。徹はずっとそうだった。徹の言ったことが、本当のことかどうかはわからない。ただ、それが嘘でも本当のことでも、徹は先程の言葉を言っただろう。それがわかっているだけでよかった。

 一階の廊下はリビングから漏れる光で明るかった。

「徹は岩泉くんと仲がよくていいね」

 リビングのドアを開けるその後ろ姿に言う。徹はドアを開けながら振り返った。

「でしょ」

 徹は私に笑顔を向けた。私も少しだけ笑った。

 徹は昔からよく笑う子どもだった。だから、徹の笑顔は何度も見てきた。ただ、何度見ても思う。徹は本当に綺麗に笑う。徹の屈託のない笑顔が私は好きで、あまり笑わない私も、徹に笑顔を向けられたときは、つい口元が緩んでしまう。

 昼ご飯を食べ終わると、私は二階に上がった。

 私は試験範囲の課題は終わらせていた。試験用に揃えて買った問題集は、予習用に使っていた。私は問題集とノートと教科書と資料集、そしていつも携帯している単語帳を持って、家を出た。

 徹が見送ってくれた。

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