日陰

日陰の向こうの日向


 伊達工業高校は本当に行きたかった学校ではなかった。ただ、高校生活は楽しかった。生まれて初めての徹のいない世界だった。当然、知っている人もいたが、私を徹の双子としてではなく、私として見てくれた。

 女子は私の他に二人しかいなかった。一人は本当に大人しそうで、もう一人は華やかな見た目をしていた。ただ、二人とも気さくで優しくて、すぐに友達になれた。一人はよく私の髪を結ってくれて、もう一人は眉を整えることを教えてくれた。二人とも私の知らないことをたくさん知っていて、二人と一緒にいることが楽しくて仕方がなかった。クラスメートのほとんどは男子だったけれど、みんな話しやすかった。仲よくなればからかわれることもあったけれど、不快にはならなかった。

 中学の頃ならば、会話をすることもなかっただろう人たちと、たくさん話をした。女子三人でゲームセンターに遊びに行ったときは本当に楽しかった。私はゲームセンターなんて外から見るだけで行ったこともなかった。いつも大人しいあの子がリズムゲームでいくつものパネルを器用に叩いて高得点を出す姿はすごく格好よかった。もう一人は、私たちに大きなふかふかのぬいぐるみを取ってくれた。

 私たちは大きなぬいぐるみを一つずつ抱えながら、ショッピングセンターを歩いた。

「及川さぁ、彼氏とかいないの」
「いないよ」

 そういえば二人には恋人がいるなぁ、などと今さらながらに私は思った。

「私でもいるのに」

 私と違って小柄で大人しくて、声も高くて細い。こんな子が放っておかれるはずもなく、彼女には中学の頃から恋人がいたはずだ。同じことをもう一人の友人も思ったのか、校則違反のネイルを塗った爪先を向ける。

「あんたはわかる」

 真珠色の爪を向けられた友人は、私に尋ねてきた。

「今まで一度も付き合ったことないの」
「あ、うん」

 上目遣いに小首を傾げられ、一瞬声が出なかった。可愛いなぁと思う。

「まぁ、でもわからなくもないけどね」

 そう言いながら明るく笑う華やかな友人は格好良い。いつも恋人のことを頼りないと言っているが、精神的に強くはない彼女は随分と支えられているようで、上手くやっているのだろうと思う。

「今まで、クラスの男の子とかを格好良いなぁとか思ったことある?」
「あるけど。特に何かしたいと思わなくて」

 格好良いなぁと思う男の子は、大体クラスに一人くらいはいた。ただ、それから何をするわけではなく、席が近くなれば少し嬉しくなり、話かけられたりしたときには一日随分と上機嫌で過ごす、その程度だった。

「まぁ、及川らしくて私は嫌いじゃないよ。ねぇ」
「まあね」

 話を聞くだけで、話をすることはできない。それでも私らしいと言って笑ってくれる二人が好きだった。

 男友達も増えた。気さくに話しかけてくれた。あの時もそうだった。定期テストの初日、英語のテストのあった日の、早い時間の電車。

「及川、お前どうだった」

 クラスメートが話しかけてくれた。その隣には人の良さそうな男子生徒が、突然のクラスメートの行動に戸惑うようにこちらを見ていた。

 それが、私が最初にカナメくんを認識した瞬間だった。

「ケアレスミスかないことを祈ってる」

 変に謙遜する気もなかった。英語のテストは簡単だった。答案が回収される時には、九十五点は堅いだろうと思った。

「相変わらずだね」

 嫌味でもなんでもないことがわかっているから、何を言われても不快ではなかった。

「英語は苦手じゃないからね」

 私は二人の前まで歩いていった。そして、見知らぬ男子生徒に軽く会釈をした。彼は慌てて会釈を返した。私が思うのもなんだが、人見知りなのだろうかと思った。

 特に何かを知っているわけでもないのに、自然と隣の男子生徒に目がいく。くしゃくしゃのくせ毛の優しそうな少年。ただ、じっと見ていては不自然だと思い、クラスメートの方を向いたまま、視界のすみに入れる。

 話しぶりからして、同学年の違うクラスの人だろうと思った。そして、ここで話しておかなければ、今後関わる機会はほとんどないだろう。ただ、私は友人のように、上手く話を振るようなことはできなかった。どうしようかと思っていると、クラスメートがにやりと笑った。

「明日、化学だろ。一緒に勉強しようぜ。お前、化学できるじゃん。こいつ、化学の赤点常連だからさ」

 体が熱くなった。頭がくらくらして、ぼんやりとしてきた。

「ちょっと……確かにそうだけど」

 クラスメートの言葉が本当にありがたかった。

「いいよ」

 笑顔が少ないと言われてきた。初対面の人を相手に笑顔を見せることが苦手だった。ただ、自分の中でも口角が上がっていることに気付いた。

「こいつはカナメ。中学が一緒だった」
「及川といいます。よろしく」

 嬉しさについ早口になる。

「あっ、よろしくお願いします」

 彼は声を上ずらせた。喋るのはきっと上手くはないのだろう。それでも、口を閉ざすようなこともなく、精一杯答えてくれていることが、とても嬉しかった。

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