昼休みに化学工業科のクラスに行った。別のクラス特有の落ち着かない空気が息苦しかった。彼女は教室の廊下側の後ろの方に座っていた。二人の女子と三人で机を囲んで弁当を食べていた。

 行ってくる、と唇が動いたように見えた。二人の女子が俺の方を見た。大人しそうな女子と、明るく髪を染めた女子だった。明るく髪を染めた女子はにやりと笑い、及川さんの背中を叩いた。

 表情が少し強ばっていた及川さんは少しだけ笑い、それを見ていた大人しそうな女子の方も微笑んだ。

 及川さんは一人で歩いてきた。茂庭くん、と唇が動いた。よくよくクラスを見渡してみれば、俺たちは注目の的になっていた。友人がにやにやと笑っていた。ほとんどのクラスメートが知っているということは嘘ではなかったらしい。

 俺は教室を出た。流石にこの教室で話したいとは思わなかった。

 廊下に出ると、新鮮な空気が肺の中に入ってきた。及川さんは何も言わず、俺の半歩ほど後ろを歩いてついてきた。俺は階段を上った。三階建ての校舎の三階からさらに上に続く階段を上った。屋上の扉の前魔でいくと、俺は振り返った。

「突然ごめんね。俺は手紙よりも直接話す方がまだマシな方で。俺、聞きたいことがあってさ」

 彼女は俺を見上げた。その表情は普段とあまり変わらないような気がした。

「付き合うってどういうことだと思ってる」

 廊下の壁がひんやりと冷たい。我ながら滑稽な質問だと思っていた。
 彼女はゆっくりと口を開いた。

「何よりも優先される関係ではないと思ってるよ」

 一言一言を確かめるように、彼女はゆっくりと言った。そして、続けた。

「ただ、私もよくわからない」

 蛍光灯の明かりもなく、窓もないためか随分と薄暗かった。ただ、彼女の目はきらきらと光っていた。

「あの、だから」

 言葉は続かなかった。その言葉に詰まる姿が青根と重なった。あの手紙には欠けていたことがあった。

「一緒に考えよう」

 誰かに何かを求めることが、彼女は苦手なのだろう。その言葉が出てこない。青根も同じだった。何かをします、ではなく、一緒にしようよ、と言うことができない。

「はい」

 緊張が解けたのか、あの柔らかい笑顔で彼女は答えた。これが、本当に彼女が言いたかったことだったのだろうと思った。

 彼女は俺が思っているよりもずっと不器用なのかもしれない。

「ありがとう」

 彼女はとても嬉しそうだった。教室に帰る道もやや早足で、俺の方が驚いた。

 彼女と付き合い始めてからも、俺は青根と一緒に帰っていたし、休日は部活をしていた。ただ、宿題が少ない日は、部活が終わったあと、百円の飲み物ひとつで彼女とファーストフード店で過ごした。俺が部活のことを話すせいで、彼女は会ったことのない青根や二口に随分と詳しくなってしまった。

 ただ、俺は彼女のことをほとんど知らなかった。あまり話したくないだろうと思い、聞くことも少なかった。

 そのせいで、それを知ったのはことが起きた後だった。

 付き合い始めて二ヶ月ほと経った冬の日のことだった。その日は寒かった。凍える、と叫びながら兄が帰ってきた後だった。夕食後、リビングで二番目の兄と母と一緒にテレビを見ていた。

 スマートフォンがなった。俺は立ち上がり、廊下に出た。及川なまえ、と彼女の名前が画面に表示されていた。

 珍しいと思った。彼女が電話をかけてきたことなどなかったからだ。大抵のことはLINEだけで済むようなことだった。

 嫌な予感はしていた。俺は画面に指を滑らせて電話に出た。

「茂庭くん、今、家を出てきた」

 声が震えていた。涙声だった。どうしたのと、口から出た言葉の語気は強くなった。

「どうしよう。家に帰れない。ごめんね、どうしようもないのに」

 何が起きたのかはさっぱりだった。普段から言葉が十分とは言えない彼女だが、それにしても言葉足らずだった。激しく動揺していることが伝わってきた。ただ、彼女のその焦りようから、何も持たずに家を飛び出してきたのだろうということだけは予想できた。

「駅で待っていて」

 俺は電話をきらなかった。そのまま階段をかけ上がる。

「兄ちゃん、コート借りる」

 リビングに向かって叫んだ。

「お前、自分のあるだろ」
「それは俺が着ていく」

 俺は二番目の兄の部屋に入った。誰よりも寒がりな兄のコートは、随分と分厚い。俺はそれを乱暴にそれを引っ張って抱えた。そして、自分の部屋に財布をとりにいき、ポケットの中に無理矢理詰め込む。

「今からそっちに行くから」

 階段を下りながら、スマートフォンに向かって吼えた。

「どこ行くの」

 一階の廊下まで下りると、母が心配そうにリビングから出てきた。

「駅。隣のクラスの女子連れてくるかもしれない」

 まあ、という母の声。ドアを開けると、雪が降っていた。除雪された道に、雪が積もっている。兄の言葉にならない叫び声が聞こえたが、俺はドアを閉めると、そのまま駅に向かって走った。

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