体育館シューズに履き替える。あの試合特有の緊張した雰囲気はまるでなく、体育館の入り口からは明るい笑い声が漏れていた。俺は笹谷と一緒に体育館に入った。

 テストが明けてすぐにあるのが、年に二回のクラスマッチだ。三年間クラスが変わらないということもあり、クラスマッチは盛り上がる。俺はバレーとドッジボールに出場することが決まっていた。午前中はバレーだった。

 体育館の半面にバレーボールのコートが張られている。俺は隅に置いてある大きなホワイトボードの前まで歩いていった。

「初戦B組か。試合は次みたいだな」
「土木の二年にはバレー部いなかったよな」

 土木科には二年生の小原と他に数名がいるが、三年生はいなかった。

「ということは、今はA組とD組か」

 一学年四学科四クラスしかないため、必然的に機械科と化学工業科が戦うことになる。

「今、鎌ちやっているんじゃねえの。ちょっと見ていかね」

 笹谷の言葉に、ああ、と軽く返事をした。ホワイトボードの前で観戦するのも迷惑なため、ホワイトボードの横に移動する。鎌先はコートのライトで、一人だけ背が高いためとても目立っていた。俺たちには気づいていないらしく、バックライトのクラスメートと何かを話していた。

「あっ、及川いるじゃん。しかも、セッターじゃねえの」

 笹谷の言葉に慌ててD組のバックライトを見ると、コートの外にボールをもった及川さんがいた。笹谷の知り合いだったのか、などと思っていると、笹谷の言葉につられてこちらに顔を向けた彼女と目が合った。

「及川ー、双子に教えてもらったのか」

 及川さんは目を丸くして、そして首を横に振った。

「双子って?」

 及川さんに双子がいるなど、俺は知らなかった。知る必要もないことで、普通なら聞き返すようなことはないのだが、その時の俺は何も考えずに聞き返した。

「及川徹だよ、及川くらい知っているだろ。あいつは及川徹の双子。バレーは全然していないって言っていたけどな」

 この時ようやく、友人の家に向かう道での及川さんの表情の理由がなんとなくわかった。俺は人の名前を覚えるのはそれほど得意ではないし、噂話にも疎いが、それでも及川徹のことぐらいは知っていた。中学三年生の時にベストセッター賞を貰い、青城に進学し一年生の頃からセッターとして試合に出場している。同じ学年で同じポジションでよく目立つ。

 どちらかというと知られたくはないようなことなのだろう、と俺は思った。そして、そんなことを考えている間に、試合が始まった。

 及川さんはアンダーハンドサーブを放った。ボールは伸びるようにネットに近いていき、二メートル四十センチのネットを越えていった。

「おっ、入った、入った」

 笹谷もじっとボールの行く末を見ている。

 ゆっくりと落下するボールを、待ってましたと言うように鎌先がきれいに上げた。

「素人の女子で、二点四メートル、ちゃんと入るだけすげーよ」

 最終的に点を入れられてしまったが、笹谷はそう言った。俺もその通りだと思った。

「クラスマッチでドリブルとったりはしないけど、本当に上手く突くなぁ」

 彼女の表情は真剣そのもので、上げるだけで精いっぱいのようだった。コントロールも高さもないが、センスがあるのは明らかだった。笹谷が嘘をついているとは思わないが、それでも信じがたかった事実をつきつけられているような気がした。

 彼女は、上手く上げられないためか、悔しそうに唇をかんでいたが、稀に上手く言った時には、口元を綻ばせていた。

 俺たちは試合を途中まで見てから、先程まで一年生が使っていたコートで機械科と戦った。バレー部が一人いるだけでも違うが、二人いればボールの動きの違いは歴然とする。サッカー部のやつもバスケ部のやつもよく頑張っていたが、バレーは本当に部活としてやっているかどうかが大きく出る球技だと思った。

 試合に勝ち、クラスメートと喜んでいると、カナメ、と名前を呼ぶ声と共に肩に手を置かれた。

「バレー部は違うねぇ」

 振り返ると、友人が笑っていた。そして、その友人の隣には及川さんがいた。

「試合見た。すごくよかった」

 早口で声は少し震えていた。ジャージから少しだけ覗いた手はしっかりと握られていた。そして、その言葉を言い切った後には、やや強張っていた表情から力が抜けたような気がした。この言葉を言うのに緊張しているかのようだった。

 彼女の兄弟は一年生の頃から強豪青城でセッターをしているのだ。俺の、それもクラスマッチの試合を見て、よかったなどと思うはずがない。ただ、彼女の挙動と言葉は嘘には見えなくて、俺はとにかく不思議に思った。

「いや、その……及川さんもよく頑張ってたよ」

 変に声が裏返った。

「そうだろそうだろ。ほら、強豪バレー部のセッターが褒めてくれているんだから、もっと喜べよ」
「ちょっと……」

 そのような言い方は苦手だった。友人は何も考えていないだろうが、大きな勘違いをされているようで、咎めるように彼の名前を呼ぶが、何処吹く風だ。

「ありがとう」

 彼女にしては高い声が耳に飛び込んだ。俺は慌てて及川さんの方を見る。

 目が合わない。やや後ろを見ているようだった。その上、俯き加減で表情の全てが見えるわけではなかった。ただ、彼女は笑っていて、とても嬉しそうで、本当に褒められ慣れていないんだろうと思った。及川徹に比べれば控えめで大人しい性格が災いして、評価が高くなることはあまりなかったのだろう。

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