彼女と付き合い始めたことは、すぐに周囲に知れ渡った。それでも、生活は変わらなかった。そもそも、俺に声をかけてくれたり、お菓子をくれたりする女子には、俺に対する恋愛感情がなかった。唯一変わったことがあるとすれば、朝連が終わった後、教室に入る時に彼女に笑いかけるようになったことと、月曜日を彼女と一緒に過ごすようになったことだった。

 毎週月曜日は部活の練習が休みだった。最初の週は近くのショッピングセンターに行った。そして次の週、俺は彼女を家に呼ぶことにしていた。それはずっと前から決めていたことだった。彼女は遠慮気味だったが、家族に会わせたいだけだと説明した。実際に、俺の目的は家族に会わせることだった。

 緊張した面持ちの彼女を連れて家に入る。家のドアのカギは閉まっていたが、人がいることはわかっていた。二階の窓が空いていたからだ。

 一階には人気がなかった。父と姉と妹はそれぞれ職場や学校に、母は甥を連れてバレーボール教室に行っているため、リビングに人気がないことはわかっていた。

「あれ、誰もいないね」

 俺は、あたかも今知ったかのように言った。そして、彼女にリビングのソファーを勧めた。彼女は遠慮気味に腰かけた。

 しばらく彼女と話をしていると、リビングのドアが開いた。ドアの向こうにいたのは、なまえだった。俺はドアが見える場所に腰かけていたため、なまえが俺たちの姿を見るなり、気まずそうな表情を浮かべ、足が僅かに竦んだことが見えた。その体の動きは俺の予想通りで、俺は口元がにやつきそうになるのを必死にこらえた。

 ドアを開けた瞬間、まだ俺たちを認識する前に、どこか思いつめたような暗い表情をしていたことなど、俺の頭の中から消え去ってしまっていた。

「ただいま、なまえ。もう帰っていたんだ」

 なまえは黙って俺の方を見た。そして彼女の方へ目をやり、こんにちは、と微笑んだ。

「俺の双子のなまえ」

 水を飲みに来ただけらしい。音なく台所に移動しグラスを出すと、冷蔵庫の麦茶をグラスに少し注いでいた。グラスの水を飲むと、台所の隣の戸をあけ、彼女に会釈をして足早に部屋から出ていった。俺はなまえの様子を最後まで眺めていた。

「及川くんは双子だったんだ」

 彼女はなまえが出ていった後に、くりくりとした目を少し丸くして言った。

「そうそう。伊達工に通っているんだけど」
「女の子なのに珍しいね」

 彼女の反応は普通だと俺は思った。

 ただ、なまえが工業高校を選んだ理由を俺は知らなかった。大人しいなまえが工業高校を受験することは、当時の噂になっていたが、理由は誰も知らなかった。なまえが己のことを話すことが好きではないと思っていたため、尋ねることもしなかった。

「なまえはそんなに勉強とか好きじゃなかったんじゃないかな」

 無難な答えを返し、苦笑いを浮かべた。

 なまえの成績が悪かった記憶はなかった。ただ、常に俺の方がテストの点がよかったのは覚えていた。いつも俺よりもわずかに点数が低かった。なまえは勉強だけではなく、何をやっても俺よりも出来が悪かった。ただ、それは俺と比較した場合であり、学校の中ではとりわけ出来の悪い生徒ではなく、むしろ出来の良い生徒だったような気がした。

 なまえの、どこか気まずそうな様子を見ることができただけで俺は満足していたため、甥っ子と帰ってきた母に適当に彼女を紹介すると、彼女と一緒に外に出かけた。

 その時には、なまえのあの思いつめたような表情の原因と、彼女が工業高校を選んだ理由をその日の夜に知ることになることなど、夢にも思わなかった。

 彼女を送り届け、家の前まで戻る。二階を見上げると、明かりが一つもついていなかった。この時間に珍しいと思いながらドアを開けた。

 家の中が妙に静かだった。

「ただいま」

 いつもはリビングまで届くような声の大きさで言うことも、自然と声が小さくなった。当然、リビングには聞こえていなかっただろう。廊下を進み、リビングへのドアの前で立ち止まった。リビングのドアの細長い窓からは、暖かな光が漏れていた。

 ただ、廊下に立っているからだろうか、それとも妙に静かなリビングが不自然に思えたのだろうか、背筋はひやりと冷たかった。

「ただ反対するだけじゃ納得できない。反対する理由があるならちゃんと教えて」

 リビングのドアの向こうから廊下に大きく鋭い声が響いてきた。最初は誰の声なのかわからなかった。

 なまえの激昂など、俺は長い間見ていなかったからだ。

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