なまえと伊達工のセッターを見送ってから、俺は部屋の明かりをつけた。しばらくすると喉が渇いた。俺は一階のリビングで水を飲もうと、ドアを開けて廊下に出た。
シャンプーの香りがした。
「徹君、なまえちゃんは」
末の妹は風呂から上がったらしい。妹は俺の顔を見るなり、俺の片割れの行方を尋ねた。妹となまえは仲がよかった。
「なまえは彼氏とデート」
にっこりと笑って妹の顔をみた。妹は、わずかに目を丸くしたが、すぐにその表情を消した。俺は、妹がなまえの彼氏の存在を知らなかったのだろうと思った。家族で最もなまえと仲が良い妹が知らないということは、なまえの彼氏の存在を初めて知ったのは俺に違いない。俺はお茶を飲もうなどと考えていたことを忘れてしまった。
「どうしたの」
「英語教えてもらおうと思っていた」
妹は俺と同じように普通科高校に通っていた。なまえは工業高校だ。偏差値を考えても、高校の方針を考えても、なまえに英語を教えてもらうのは不自然だった。
「なまえは工業高校だから、そんなに英語は勉強していないよ。お姉ちゃんにきいたら」
姉は人文学系統の学部を卒業していた。英語は苦手ではないことは知っていた。俺はよく姉に勉強を教えてもらっていたからだ。
「お姉ちゃんは忙しいから、いい」
俺はそれ以上のことを妹に言うことはしなかった。妹の英語の成績のことなどあまり興味がなかったし、何よりも深く突っ込む気にはなれなかった。
姉と末妹は年が離れているせいか、それほど仲がよくなかった。俺は妹が姉に英語を教えてもらおうとしないのはそのせいだと思っていた。
俺はそのまま部屋に戻った。
玄関のドアが開く音がした。俺は閉めていたドアを開けた。階段を上ってくる音がした。床の軋む音だ。
その音が止まると、俺は音をたてずに早足でドアまで歩いていき、ドアから顔を出した。
「ただいま」
なまえは俺の部屋のすぐ手前まできていた。なまえは俺を視界に入れると、目を丸くした。そして、まるで足がすくんでしまったかのように、かたりと足を止めた。
「おかえり、なまえ」
俺はそれだけ言うと、部屋に戻ってドアを閉めた。なまえが何かを言おうとしていたことには気づいたが、わざと無視した。部屋を閉めてから、俺はずいぶんと自分の口角が上がっていたことに気づいた。何が愉快だったのか、自分でもさっぱりわからなかった。
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