彼の心
カランコロン
彼女は、俺がバレーが好きだったことを知らなかった。バレー部であることは知っていたらしいが、主将であることは知らなかった。弟が二人いることも知らなかった。一つ下の幼馴染がいることも知らなかった。
それらを知った彼女は、黒尾くん、世話焼きなんだね、と笑った。
彼女は弟と歳の離れた妹を持った長女だった。俺は妹の存在は知っていたが、弟がいることは知らなかった。弟は部屋にこもっているからね、と彼女は言った。母親は、長男と歳の離れた妹にかかりきりだったらしく、彼女は随分と放っておかれたらしい。それが、きっとこの性格を形成する一因なのだろう、と俺は思った。
そもそも彼女に目をつけたのは、美人というほどでもないが悪くはない顔立ちで、頭も悪くなさそうで、感情的にもならなさそうで、内向的すぎるわけでもない、つまり標準的なごく普通の女子だと思ったからだ。誰とでも付き合える、そんな女子。
「黒尾くん、普通の女の子はもっと感情的だよ」
もう少し普通の女の子だと思っていた、と言うと、彼女は、さっきまで涙を流していた顔に微笑を浮かべてそう返した。普通の女子の微笑に見えていたそれは、今では諦めを孕んだものに見えた。彼女の言葉に、ああ、確かにその通りだ、と俺は返した。
「私は気にならないけれど、相手がどう思っているのかとか、すごく気になるんだって」
彼女は一度たりとも、俺の気持ちを尋ねたことがなかった。些細なことも、何一つ。きっと、俺も彼女のそのような性格に甘えてきたところもあるのだと思った。
彼女はゆらりと立ち上がる。女子としては普通だが、俺よりもずっと小さな体だ。
「窓あけるね」
冷たい風が吹いてくる。伸びをして深呼吸すると、新鮮な空気が肺を満たした。
「お前変わっているんだな」
軽い気持ちで言った。
「ごめんね」
面倒くさくて、ごめんね、と。彼女は申し訳なさそうに続けた。賢い女なんだと思う。賢いのに、どこか愚かで。
「そういうやつなんだろ。仕方がない」
面倒くさい女だと思う。ただ、その面倒くささは、俺は嫌いではなかった。
「一人でファミレスで飯食える程度の変わり具合だろ。好きなのー、とか一々訊いてくる面倒臭さに比べたら、大したことはないですよ」
おどけて言ってやる。彼女は窓の前で微笑んだ。緊張がとけて、口許が緩んだようにも見えた。窓の縁に添えられた腕は長く、まるで子どものように細かった。
彼の心
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