朝は爽やかではなかった。喉の痛みと不自然な寒さを感じながらも、体を起こす。体はひどく重かった。それでも高校には行った。電車には運よく座れたが、小さな子どもを連れたお母さんがいたため、席を譲った。不安定な場所で、つり革に頼って電車に揺られた。高校の最寄りの駅につく頃には、目眩なのか電車の揺れなのかわからなくなっていた。午前中の体育はバスケットボールで、中学の時にバスケットボールをしていた私は、周囲の期待に応えるべく走り回った。昼休みにスマートフォンを見ると、黒尾鉄朗から夜に家に行くという連絡がLINEに入っていた。私は味のしない弁当を口のなかに詰め込み咀嚼しながら、黒尾鉄朗を見やった。彼は賑やかな男子高校生の一群の中で、友人と談笑していた。最近は大きな課題もない。夜も私の家に来るぐらいだ。疲れがたまっているようなことはないのだろう。たとえ私が風邪でも、彼にはうつらないだとろうと思った。

 昼休みに少しだけ眠ろうと思ったが、先生に課題を集めるように頼まれた。室長がいないのだから仕方がないと思った。

「ごめん、放課後まで待って。すぐ出すから」

 クラスメートの何人かはそう言って真っ白な課題をやり始めた。簡単で量も少ない課題だったが、課題を忘れるような人にとっては時間のかこる課題だ。放課後も少しだけ残る必要がありそうだと思いながら、いいよ、と短く返事をした。

 放課後教室に残って、課題を忘れた人たちが課題をこなすのを待った。その間に眠りたいとは思ったが、放っておいていつまでも課題ができないと提出が遅れるため、私は課題を教えた。人に理解をさせるというのはとても頭を使うことで、全員の課題を先生に提出したときには、視界がぼやけていた。

 その後のことはあまり覚えていなかった。ただ、無事に家にはたどり着いたようで、家の扉を開けたときには全身の力が抜けた。頭は痛く、体は重く、視界はぼやけて気持ち悪く、目眩と寒気がした。悪寒で体ががくがくと震えた。這い上がるように自室の扉を開けると、ベッドに倒れこんだ。すぐに意識は遠くなった。

 母親に起こされたときには、窓の外は暗くなっていた。鉄朗くんが来たよ、と起こしてくれた母親に礼を言い、母親と入れ替わりで入ってきた黒尾鉄朗に謝る。強い悪寒はしたが、体の震えは消えていた。

「ごめん、寝てた」

 押し倒される。力が抜ける。いつもと同じだった。吐き気がしたが我慢した。いつも以上に意識は朧気になり、行為の間は気持ち悪さを我慢するように親指の爪を手のひらに食い込ませた。

 全てが終わったあと、黒尾鉄朗は私の額に手をのせた。その体と同じように大きな手だった。手は冷たく、気持ちがよかった。いつまでもその手のひらをのせておいてほしかった。その時には私はすでに意識が遠退きかけていた。体が震え始めた。

「熱い。熱がある。具合悪かったのか」
「朝からよくなくてね」

 隠すようなことではないと思っていた。体を起こして、箪笥の前までふらりふらりと移動する。

「じゃあ、シャワー浴びるから」

 座り込んで箪笥を開ける。箪笥にかけた手が震える。湯上がりに着ることのあるバスローブと寝巻きにしているジャージと下着を出す。服を着直す体力はない。震える手でバスローブを羽織り、ゆらりと立ち上がる。

「シャワーなんて浴びたら熱上がるだろ」
「大丈夫だよ」

 きれいに口角が上がった。しかし、目の前の黒尾鉄朗は口元をひどく歪めた。暗い双眸は冷たかった。見たことのない表情だった。金縛りにあったかのように足がすくむ。
 私は視線を逸らした。

「じゃあね」

 私は振り返りもせずに、部屋をあとにした。

仮面の向こう
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