「ユウタもカナも今日は付き合わせちゃってごめんね、また明日!」
いつもより元気なく見える笑顔で二人にそう言うとミキは手を振りながら走っていった


カナも「じゃあね」と二人に手をふり暫く歩いたあと足を止め
何か思うように駄菓子屋のある方角へ振り返ったが再び家にむかって歩いた


静かに玄関のドアをあけると家の奥から「カナなのー?おかえりー!」と母の声がして
考え事をしていたからかただいまと言うのを忘れていた事に気づき慌てて返事をかえした

靴を脱ぐために下駄箱にかけた手の先にたてられた写真たての中の二匹の猫と目が合う

つい先日までこの家の裏にいた野良猫の親子をカナが撮ったものだ

カナは写真たてを両手で一度持ち上げ再び置くと
台所でリズムよく野菜を切る母の背中にどこか言いにくそうに話しかけた

「ねぇおかあさんあのさ…」

「おかえりぃカナおやつあるから手ぇ洗ってらっしゃい?」


カナからの次の言葉はなくトントンとまな板の音だけが響き
「あ!」と何かを察した母が野菜を切る手をとめエプロンで手をふきながらカナの方へ振り返った

「カナもしかしてまた猫の話しでしょ?」

眉をさげる母にこくんとカナが頷くとその頭に母が手をぽんと乗せた

「言ったでしょ、お友達の猫がいなくなっちゃったから悲しくてちょっと悪い夢見ちゃうだけなんだって、ね?」

くしゃっとカナの頭を撫でると母は再びまな板と向かい合った

カナは「うん」と言うと重い足取りで階段をあがり自分の部屋に肩をおとしたまま入るとランドセルを置き
その中から宿題を出し机に置いた

「カナー?おやつは?」と台所からの母の声に「あとで!」とだけ返すと椅子をひき宿題と向かい合った
「食べなくても手は洗いなさいよー」
と再び台所から声が聞こえた気がしたが
宿題のプリントの上で止まったままのペンを見つめるカナの頭の中は猫の事でいっぱいだった

宿題から顔をはなし視線を窓へ向けるとじっと見つめる

この辺りには野良猫が多くあちこちで見かけるが、
その中でも家の裏の狭い空き地でいつもひなたぼっこをしていた猫の親子とは学校から帰ると必ず声をかけよく遊んだ

そんな猫の姿を見なくなってしまったのは数日前

心配で何度も捜しに出掛けたが見つからなかった

近所の人や家族は別の場所にいったんじゃないかとか飼い主が出来たんじゃないかと言うがカナは違う気がしていた

というのも何故かたまにこの窓から猫の声が聞こえた気がするからだ

うっすら姿すら見える気さえするがそれは振り向くと外へ飛び出るように消えてしまう

誰に話しても返ってくる返事は先程の母と同じものだった


ため息をつくとカナは再び宿題に目を落とした




ミキとタクヤが言い合いをしたその日から数日たったが、未だに朝から放課後までミキとタクヤの仲は最悪なもので顔を合わせる度にお互い突っかかっていた

普段なら誰かが喧嘩をしていると「やめなさいよ!」ときつい目を向ける気の強いミキとガキ大将のようなタクヤの喧嘩をなだめようとする人はいなかった

止めに入った自分に機嫌の悪さの矛先が向いたらあの剣幕で何を言われるかわからない


その日も放課後になるとタクヤは旧校舎のおばけをさがそうとはしゃぐ仲間と廊下をばたばたと駆けた

「旧校舎で女の子見たってやつがいるんだよ!」

「違うよ旧校舎で噂なのは男の子だろ!」


などと騒ぎながら走る足を調度向こうから来たミキ達の元で止め

「ミキとユウタも行くか?あー二人は怖ぁーい駄菓子屋に行くんだっけ!」
とばかにしたように笑いながら廊下の向こうへと去って行った


何か言い返したいところだが
悔しい事にあの日以来一度も駄菓子屋が開いてるところを見ていない

元々開いてる日の少ない駄菓子屋だという噂は聞いてはいるが
よりにもよってこんな言い合いをしている最中にずっと閉まっているのはミキにとって最悪の事態だ


隣のクラスでも旧校舎や学校のおばけの話しが流行っているのか放課後になると体育館裏や音楽室など学校の怖い話しがありそうな場所へ駆けていく人が最近では何人かいる


体育館裏のトイレにおばけがいるんだよ!と輝く目で言われた担任が
そうかそうかと頷き、ユーモアなのかじゃあこれでつかまえておいでと大きなビニール袋など渡したものだから余計にだ

いままでは大勢でしていた下校も最近ではユウタとミキ二人だけだった

わいわいはしゃいでいた狭い道も、二人だけでは広く長く感じた

相変わらず人通りの少ない商店街をとぼとぼと歩いていた二人はハッとして顔を見合わせた

ふと何気なしに目をやった先の駄菓子屋に明かりがついていたのだ

しかも恐らくこの駄菓子屋にしては早いこの時間にだ

二人は再び顔をあわせると駄菓子屋へ駆け寄り気配をころすように硝子戸を覗く

が、最初に訪れたときと違いまだ通りは明るく人通りもある

そんな中で何か心臓が跳ねあがる事など起きないだろうし
こそこそしている自分達が何も知らず通り過ぎる人達から不思議そうな視線を向けられているのに気付き
背中を伸ばすと堂々まっすぐ中を覗いた


レジ台の向こうにはなんとちゃんとあの日見た店主が座っていて
積み上げられた新聞を一枚一枚手にとり黙々と目を通している

やっぱり見間違いなどではなかったと二人は目を丸くした


そんな二人に気付くと店主は新聞にむけていた顔をあげた

あ、と思いミキとユウタは顔をあわせる

覗いてはみたが特に用事はないのだ

正確にいうと用事はあるのだが
面と向かって聞いたり出来るようなものではない

が、このまま走り去るのもなんなので二人はそっと硝子戸に手をかける

相変わらずがたがたと引っ掛かる戸がやっと開いた

「いらっしゃい。」

店内に入り滑りの悪い硝子戸を一生懸命に閉める二人の背中に店主が声をかける

やっと閉まった硝子戸に背を向け店主の方を見ると読み進められた新聞が一枚めくられる所だった


「今日も駄菓子?」

新聞から顔をあげると店主はそう言い二人に笑みを向けた


「あの…そうじゃなくて俺達今日、聞きたい事あって」

何を思ったのかまさかのユウタがそう口にした

ミキは驚いたがタクヤ達に相手にされなかったのが悔しかったのはミキも一緒だ
「ちょっと!」と止めようと吸い込んだ息をそのまま飲んだ


「今日は駄菓子じゃないんだ?」

店主は「あれ?」といった顔で背もたれにゆっくり背中を沈め不思議そうに二人を見た

「あの、え…っと、ここって…お祓…」

「あはは、そんなに緊張しなくてもいいよ」

店主のなんともタイミングの悪い言葉に勇気をしぼり出しかけたユウタの声は再び喉の奥へと引っ込んだ

「ここってお祓い屋さんですか!?」

見兼ねたミキが代わりに店主に問い掛けた

にこにこしていた店主はきょとんとした顔をし暫くすると再び微笑んだ


「お祓い屋さん?」

えらく可愛い言い方をするもんだと言うように店主は暫くあははと小さく笑い細めていた目を開くと続けた

「そんなに大層なものじゃないよ。僕の店をそう言う人もお祓いをしてくれって言いながら入ってくる人もいる」

そう言うと店主は再び新聞に顔を向けざっと目を通すとそれを一枚めくった

「でもね、僕ははらってるつもりはない。」

新聞に目を向けたままそう言うと店主はそのまましばらく新聞の文字に視線を滑らせた

結局この店主が何なのかはいまいち二人はわからなかったが

表向きは駄菓子屋でお祓いではないが何かそういう事の依頼を受けているという事はわかった

それとこの店主の話し方が、
言い回しのせいなのかなんとなくクセがあって分かりにくいという事もわかった


「あぁ、でもちゃんと駄菓子屋もやってるよ。」

そう言うと店主は新聞から目は離さずじっと読みながら一番近いレジ台前の駄菓子のあたりをざっくり指さした

「値札も用意したしね。」


確かに最初来たときにはなかったが、駄菓子の前に「50」や「80」と書かれただけの厚紙がそれぞれ置かれている

静かな店内に新聞をめくる音と同時に振り子時計が5時を知らせる音が響いた

初めて聞いたその振り子時計の体の中にまで響いてくるような音に驚いた心臓が負けじと大きな音をたてた

振り子時計が5回鳴り終えると
こんな時間に心臓が跳ねあがる事など起きないと油断した自分達に文句を言うように打つ鼓動が、
うらめしそうに独り言を吐くよう未だおさまらない音を伝える

一方さすがに店主は慣れているのか先程とまったく変わらない表情のまま新聞を読み進めている


「ねぇ店主さんなんでそんなに古い新聞なんか読むの?みんなそんなの読まないよ?」

ミキが入ってきたときから気になってた事をたずねると店主は一度だけ二人の方へ視線をむけたがすぐにその視線は新聞へ戻された


「僕には必要だからね。あと、僕の事は兎崎でいいよ。」

なんで必要なのかを聞いているのにとミキは思ったが、大人にあまり質問ばかりしていると怒られるのではないかと思い黙った

それにあまり深入りされたくないからか、そういう性格だからかなのか
返ってくる応えが簡単な一言で尋ねれば尋ねるほどわからなくなっていく気がした


「さてと、今日はもう少しで閉めようと思ってるんだけど本当に駄菓子は見ていかなくていいの?」
兎崎の言葉に二人が頷くと
「そう?じゃあまたの機会に」と言い、褪せて滑りの悪くなったレジ台の引き出しからこれまた古ぼけた店の鍵を出すと硝子戸の前まで二人を送った

二人が帰るのを見送ると鍵をしめ駄菓子の並ぶ台に着物をこすりながらレジ台へ戻り
椅子に腰をおとすとため息をつきながら新聞に目をやる

「おかしいなぁ…僕のさがしてる記事が全然見付からない」


天井からさがる豆電球が点滅をくりかえし静かに消えた


とっくにユウタ達の去った薄暗い店内の硝子戸の向こう、
はしゃぎ帰る小学生が見えた

兎崎は差し込む夕日に目を細め賑やかな団体が通り過ぎて行くのを目で追った

再び通りが静かになると
眩しい夕陽から目を反らし新聞に手をかけたとき、
硝子戸を叩く小さな音がして視線を戻した

そこには不安そうにこちらを覗く女の子がちょこんと立っていた

カナだ

先程電球がきれてしまったため外から店内は見えにくいのかぴたりと硝子戸につけた顔を左右に動かしこちらを確認している


兎崎は鍵をあけそっと硝子戸をあけると、やはり店内が見えていなかったのか突然開いた硝子戸に驚き見上げるカナに微笑んだ

「いらっしゃい。」

カナはこくりとうなずくと店内をこれでもかと見回し
気がすむと今度はミキが言った通りの風貌の店主をまじまじと見た

「えっと、ユウタとミキがこのお店お祓いやってるって言ってたから…」

「ユウタとミキ?」

兎崎はきょとんとした顔でカナを見ると
うーん、と考えるように少し目線をずらしたが

すぐに先程この店を出ていった二人が思い浮かび
ああ、と一人納得し笑った

兎崎はどうぞと店内のソファーをさすと自分もいつもの椅子に腰をおろした

「僕はここの店主の兎崎。その話しを聞いて来たって事は何か話し?」

カナは下をむいたまま、またこくりとうなずいた

「お祓いじゃないんだけどいい?」
不安げに言うカナに兎崎は「勿論」と大きく頷いた

「むしろ僕はお祓いってのは出来ない。霊能力者とかなわけじゃないからね。」

兎崎の言葉にカナは首を傾げた

ミキ達から聞いた最初にこの店に来たときに見たというこの店に駆け込んだ男とひき逃げ犯の話しが頭に残っていたからだ

霊能力者じゃないにしろこの店主は他の何かなのだろうか

暫く考えていたカナに「それで?」と兎崎が声をかけた



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