「捜してほしいこがいて、猫なんだけどこの前……」
「え!猫?」
続きを聞く前に兎崎はいつもより少し大きな声でそう言うと
その声に驚き顔をあげたカナと目が合い
ごめんごめんと眉を僅かにさげた
「もしかして猫だとお願い出来ないですか?」
どうしようとだしかけた写真を引っ込めながらおどおどとカナが言うと兎崎は申し訳なさそうに笑った
「ううん全然。」
それを聞いて安心したカナが立ち上がり、レジ台の前に駆け寄りランドセルに引っ込めた写真を再び引き出すと何故か兎崎がほんの少し体を引いた気がした
別に本物の猫をランドセルから出す訳がないのにと思うと同時に「あ!」とカナは兎崎を申し訳なさそうに見上げた
「もしかして猫…苦手なの?」
そう言いながらカナは遠慮がちにレジ台の上に写真を乗せた
兎崎は新聞を端へよけるとその写真を滑らせるように引き寄せじっと見つめた
「………………可愛い猫だね。」
いつもならポンと一言ですぐ返す店主だが
この時ばかりは変に間があいた
どうやらカナの思う通り猫が苦手らしい
カナは眉をさげ笑うと依頼が嫌なわけでない事を感じとり写真の猫を指さした
「この猫は私のお友達で、家の裏にいっつもいた野良でね、だけど何日か前に急にいなくなっちゃって」
カナの話しに兎崎は頬杖をついたまま頷く
「その次の日から私の部屋の窓で猫の声が聞こえるようになったんだけど…たまに少しだけ姿も見えるんだよ!窓の所で一回鳴いて、外に出て行くんだけどその後は見えなくなっちゃう」
「うん。それで?」
カナは自分にはボヤッとしたものが見えるだけで
写真の猫達なのか確かではないが、もしそうだったら残念ながら何かあったに違いないし
いつも窓で一度鳴いては外に出て行くので気になり後を着いてってみたいが
すぐ見えなくなってしまうので追いかけられない
でももしかしたら兎崎なら見えて後を追えるのではないかと思いここへ来た事を伝えた
カナの話しを聞き終えた兎崎は頬杖をついていた体を起こし「いいよ。」と微笑むと引き出しから店の鍵を出し立ち上がった
「窓から猫が出たらあとは僕が追いかける」
カナはただいまと家に帰ると台所からの母の返事を聞きいつも通り部屋へ行くとランドセルを置き部屋の窓を開け顔をだした
辺りを見回し家より少し離れた道沿いに兎崎の姿を確認すると
お願いねと言うように一度手をあげた
返事を返すように手をあげ返す兎崎に頷くとカナは開けたままの窓に背を向けいつも通り過ごした
陽もすっかり沈み街灯が灯る頃
塾帰りのユウタは塾を出た所からずっと蹴ってきた石を思いきり蹴っては走って追い、また蹴っては走っていたのだが
調度石が転がって行く先の電柱にもたれる人影に気づき軽く跳び上がった
すぐさま走り抜けようかと思ったがなんとなく見覚えのある影に暫く目をこらすとゆっくり近づいた
「あ、駄菓子屋の人…。」
上の方を見ながらもたれていた頭を電柱から起こすと兎崎はにこっと口角をあげた
「やぁ、ユウタくん。」
「なんで名前知ってんだよ」
怖ぇな…と言う顔をしながらユウタは一歩さがり強張った顔で目をキョロキョロさせた
あの駄菓子屋の店主が外にいるという事は依頼を受けたからなのかもしれないと思ったからだ
そしてもしそれがあっているのなら、もしかしたら近くには遭遇したくないものがいるかもしれないのだ
そう思いそわそわするユウタに笑いながら兎崎が声をかけた
「早く帰らないとこんな時間にこんな所にいると危ないよ。」
「駄菓子屋の人こそこんな所で何やってんだよ…っ。」
兎崎だってばと眉をさげると兎崎は疲れたように両手の平で目を押さえ「仕事中。」と答えた
「仕事中?なんの?」
「猫さがし。」
「はぁ?猫ぉ!?」
この店主が仕事中というからには悪霊を追っているとか噂の幽霊の真相を確かめにきたとか
怖いながらどこかそういうものだろうと少し期待したのだが
思いもしなかった「猫さがし」というほっこりしてしまうような言葉に拍子抜けした顔でユウタが声をあげると
「あぁ、でも」と兎崎が口を開いた
「仕事ではないかな。子供からの依頼だしお代はとらないつもりだしね。ちょっとした人助け。」
と言いながら兎崎は向こう側の家を指さした
「あ、カナんち!探してんのってカナがさがしてる猫?」
「そ。」と笑顔で答える兎崎をユウタは目を細めてじぃっと見た
「でも立ってるだけじゃん。それになんで駄菓子屋の人が猫さがしなんかしてんのさ。もしかして駄菓子屋でもお祓い屋でもなくてなんでも屋なのかよ?」
更に目を細め「うーん」と疑うようなユウタの視線を兎崎は軽く笑い飛ばすと何かに気づき「おや」とカナの家の隣の塀に視線をむけた
その視線は何かを追っているのか隣の家の塀からカナ家の塀、それから屋根へと移されていく
「これからあれを追いかけるんだよ。」
兎崎に見えているそれはユウタには勿論見えていない
必死にさがすようにユウタは「は?!」とか「何を?!」と言いながらあちこちを見ていたがなんだか少しわくわくしてきて
「お、俺も行く!」と兎崎を見上げたが
「君の足じゃ無理だよ」と悪気なく笑われた
「こう見えて俺、クラスでかけっこ3番なんだからな!」
むっとしたユウタが腕捲りをしながらそう言ったとき、カナの部屋の窓から猫の声がし同時にカナが勢いよく顔をだした
バトンを受け取ったかのように走り出す兎崎の「早くお家に帰りなよ」と言う声に振り返り、
「俺も!」と言おうとしたときには兎崎ははるか向こうの塀を飛び越える所だった
「えぇ…あんなの俺でも追い付けないじゃん」
まくりあげた袖がずり落ちる手からどさっと塾の鞄を道に落としぽかんとしているユウタの後ろでドアの開く音がし
出てきたカナがユウタの横を走り抜けていったが足を止めると振り向いた
「あれ、ユウタくんなにしてるの?」
塀を越えた猫は器用に植木の枝や生い茂る雑草をくぐり更にいくつかの空き地を越え家と家の間の道を抜け
木で出来た古い塀の崩れて出来たすき間をくぐると
何年も人が住んでいないであろう家の雑草が伸びきった庭に出た
木の塀を上から飛び越えると兎崎は辺りを見回した
どうやらこの家の正面のむこうは狭い道だが車が通れるほどの道になっているらしい
「まったく普通の道があるならそっちを通ってくれればいいのに」
と兎崎は呟きながら袖についた枝や葉をとり、早くしろとせかすように鳴きながらこちらを見ている猫の方へ歩く
猫は兎崎がついてきているのを確認すると立てた尻尾をたまにゆらしながら家の裏にまわった
遅れて兎崎が裏にたどり着くと
猫は兎崎を待つようにいらなくなり積み上げられた発泡スチロールの箱や段ボールの上にちょんと座っていた
近づき箱の中を見るとケガをし弱っているもう一匹の猫がうずくまっていた
おそらく写真にうつっていた猫の子供の方だろう
「あぁ、これを知らせたかったのか。」
と兎崎が親猫の方を向くと、親猫は道の方の塀に飛び乗り消えた
子猫の方はというと弱ってはいるもののこれでもかと兎崎を威嚇している
どうしたものかと暫く悩んだが幸い今にも壊れそうではあるが段ボールの中に子猫がいるため段ボールごと運ぶ事にした
なるべく段ボールがゆれないようそれを抱え家の正面から道へでると
点滅する歩行者信号の青色に照らされた人影が見えた
どうやらその人影は小さな花をひとつ道に置いているようだった
花の置かれたそばには先ほどの親猫がいるが
花を置いた人物には見えていないのだろう
足元に擦りついてみたりしているが反応がない
暫く兎崎は様子を見詰めていたが再び歩き出そうとしたときその人影が立ち上がり目があった
花を置いていたのは4、50代くらいの坊主頭の男だった
男はしばらく不思議そうに兎崎を見ていたが軽く会釈をすると「こんばんわ」と笑い皺の出来た目をさげ笑った
不思議そうな顔を向けられる覚えはないと兎崎は思ったが
この時間にこのかっこうでボロボロの段ボールを抱えているのだから無理もないかと納得し
男に返事を返すかわりに一度微笑むと置かれた花に目を落とした
「私が置いた花です。どこからか私の家の周りまで毎日散歩に来ていた猫がいたのですが…調度みかけなくなった日にここで2ひき猫がひかれてしまったみたいで。もしかしたらそのこ達かもしれないと思いまして」
聞きながら兎崎は段ボールの中のたった一匹の猫に視線を向けたまま男に「そうなんだ。」と答えた
「あぁ!この猫!そうか一匹は無事でしたか」
男は飛び付くように段ボールを覗くとホッと息をはいた
「人に頼まれてさがしに来たんだ。そこでうずくまってたよ。」
兎崎は言いながら先ほどの家の向こうへ「あっち」というよう視線をむけた
男は感心するよう「へぇー…」と頷くと
「しかしすごいなぁそんな所にいた猫をよく見つけましたねぇ一体どうやって。」
男は眉をあげたまま、まだ感心している
そしてどうやら男は質問の答えが返ってくるのを待っているらしい
その表情のままじっとこちらをみている
兎崎は質問に答える気などまったくなかったが
そのまま立ち去るのもなんなので適当な答えを返した
「感だよ。」
と、遠くの方で道の向こうを通り過ぎる影が「いたよー!」とこちらを指さす声が聞こえ暫くしてカナとユウタが駆け寄ってきた
すぐさま段ボールを覗き込んだカナが子猫しかいないのを見ると何かを悟ったように肩を縮めたが
小さな腕で段ボールをしっかりと抱いた
「あれ、こんな夜に走り回ってるのはどこのこかと思ったらユウタくんじゃないかこんばんわ」
おやおや!と男はユウタの目線までしゃがむとそうユウタの頭に手を乗せた
「あ!近所のお寺んとこのお坊さんだ!」
ユウタがそう男に返すと見下ろしていた兎崎の視線がさっと男に向けられた
が、すぐいつもの笑顔で「へぇ、お坊さんなんだ」と言うと男は照れ臭そうに「ええ」と答えた
ふーん。というようにしばらく男を見ると兎崎は
「それじゃあ僕は帰るよ。ちゃんと猫も渡したしね」
と言いながら手を振ると商店街の方向へ歩いて行った
男はその背中を最初見たときのよう不思議そうに見ながら「二人の知り合いかい?」と聞くと
「駄菓子屋さん!」と二人の声が重なって返ってきた
「駄菓子屋って商店街にあるっていうあのかい?」
「うん!」という重なる声を聞くと男は立ち上がり暗闇に消えていく兎崎の背中を見詰め呟いた
「駄菓子屋さん、ねぇ…」
店までの帰り道、暗がりを歩く兎崎は何かを探すようあちらこちらへ視線を向けていた
やがて前方からふらふらと虚ろにこちらへ向かってきて通りすぎようとする恐らく霊であろう人影の前に手を出し止める
「ねぇすみません。永坂という男の霊を何処かで見かけなかった?」
ぼわっと揺れるだけの人影から返事はない
そう、と呆れたように兎崎はため息混じりに言うと再び歩きだし駄菓子屋の前までくると鍵をとりだし硝子戸を開けた
どさっと椅子に腰をおろし背もたれに背中を沈めると深く息をはき、天井をみつめながらキィと音をたて椅子を少し回転させ
後ろの棚のウサギの人形と目があうと椅子を止めた
「人の探し物はみつかるのに僕のさがし物は一向に見つからない」
独り言をはくと暫くぼーっとウサギを見つめる
間違いなくその首をもたげている埃だらけのウサギから返事が返ってくるわけなどないのだが
まるで返事をまつように暫く見つめると
まぁいいか、というように虚ろな目を閉じた