「由太郎なんだろ?なぁ頼む由太郎聞いてくれ違うんだ俺は――」

そう駆け寄り兎崎へ手を伸ばす政剛の手を力いっぱいに払うと兎崎はくいしばる顔をあげ声をあげた

「違わない!何が違うんだ!だってあの時確かに政剛は僕の横で包丁を握ったまま真っ赤になってた!なのに一体何が――」

「聞いてくれ由太郎!」

政剛はまくし立てる兎崎の両肩を掴み叫ぶように声をあげそう言いながら一度大きく掴んだ肩を揺らすと
兎崎は動揺で揺れる瞳で自分の肩を震える手で掴み目の前で俯いている政剛を見詰めた


何が違うのか
あの日確かに政剛は約束の場所にあらわれなかった

せっかく信じたのに来なかった

あの日確かに真っ赤な政剛が包丁を握っていた

なのにどうして義理母さんも政剛も泣いているのか

どうして政剛は今自分の目の前で泣いているのか


何もかもがわからないといった表情で震わせる瞳で政剛を見る抜け殻のような兎崎からはいつものような雰囲気は感じられなかった

ただ一点をみつめ見開いた瞳を震わせている


政剛や義理母が泣く理由がどこにあるのか

そういえば
義理母が泣いていたのはあの時だけではなかったような気がする

そして何か必ず
同じ事を言っていたような気がする

何故か泣きながら優しい表情を浮かべて

"由太郎大丈夫だから、ね?"


兎崎は何か思い出したかのように短く息を吸うと

大きく瞳を開き否定するようゆっくりと首を横へ振りながら政剛から離れるよう後ろへ数歩さがった

ソウダ 確カアノ時―――


「由太郎、俺が大事な弟を殺すわけがないだろ…っ」

政剛はそう下げられた手を悔しさを握りつぶすよう強くぐっと握った


確カアノ時―――


「確かにお前が最後に見たのは真っ赤な俺だったかもしれない、だけど――」

政剛はそう言うとまっすぐ兎崎を見た

兎崎はもう一歩後ろへさがる

その頭の中に忘れていたあの日の記憶がだんだんと鮮明に思い出されていく

アノ時―――


もう耐えられない思いにかられ廊下を走った自分

確か義理母は泣きながら自分に必死にしがみついていた

「お願いだからそんな事はしないでちょうだい」と

それを振り払い台所へ走りそして

アノ時、僕ハ―――



十一月二十九日、曇り

今日は由太郎と家を探しに出た

すぐ戻ると約束したが、なかなか見付からず手間取ってしまった

町から離れた所に良い家を見付けた
岡の上に建つ町外れの一軒家だ

が、時間がかかりすぎてしまったせいだろう、家で事件が起きてしまった

俺がもっと早く帰っていればこんな事にはならなかっただろう

あいつは独り、不安で仕方なかったに違いない

何故あいつを独り残してしまったのか、後悔してもしきれない



日記に残る、涙のあと

それのせいかめくりにくくなっているページを坊主が静かにめくる


恐らくあいつは昨晩の事を耳にしていたのだろう
恐怖と不安に押し潰され、あいつは台所へ走った

母さんが止めようとしがみついたが駄目だったらしい

あいつは台所へ走ると包丁を握りしめソレを自分へ向けた
それほどまでに苦しかったのだろう

俺が家についた時にはもう殆ど息がなかった

必死で助けようと思ったが、一度目を開けるともうその目が開く事はなかった

あいつが最後にみた俺は、あいつの色で赤く染まっていただろう

俺はどうしていいかわからず助けを呼ぼうとそのまま外へ飛び出してしまった

目撃した人には犯人と疑われ
誰も話しを聞いてくれはしない

大事な弟だった
その犯人だなんて
耐えられない

明日あの丘の家に由太郎を眠らせてやろうと思う


日記はそこで途切れていた

反対のページについたぐしゃぐしゃに握られたあとは
その時の政剛の気持ちを生々しく伝えた

何冊も細かくつけられていた日記が
それより後ろのページは空白で何も記されてない


「お坊さん…」

「あぁ、恐らく兎崎さんはご自身で…」


眉をさげミキが不安げに坊主を見ると
やりきれないといった表情で日記を見詰めやがてそれを閉じた




「あの時僕は―――」

全て思いだしたように立ち尽くす兎崎の前で政剛は眉をさげると俯いた

「ごめんな由太郎、俺があん時――」

政剛がそう言いかけたとき
割るように兎崎が政剛の名を呼んだ

政剛は顔をあげると何処か悲しげな目で伺うように眉を寄せている兎崎を見る

「ねぇ政剛、どうして僕の知ってる姿のままなの?」

自分が時を止めたあの日からも
時を刻んできたはずの政剛の姿はあの日のまま止まったかのように変わっていない

それはつまり
その後すぐ政剛の時も止まった事を示していた


政剛は誤魔化すように眉をさげきにすんなよと微笑んだが

あれだけ犯人だと記事になっていたくらいだ
恐らく気に病み政剛も自ら時間を止めてしまったのだろう事はなんとなくわかった


兎崎は悔やむようにゆっくり瞳を閉じると
俯いたまま歯をくいしばった


政剛はお前が気にする事なんかなんもないよと眉をさげ笑顔を見せると兎崎の頭に手を乗せぐしゃぐしゃと撫で
「待ってるからちゃんと来るんだぞ」
と言い、「な?」と笑うと静かに消えた


兎崎は暫く虚ろな瞳で何処か見詰めていたが
やがて無言のまま里衣子の横を通りすぎ何処かへ歩いていった

里衣子が追い掛けたがその姿は見当たらず
暫く待ってみたのちに仕方なく一人駄菓子屋へ戻ったが
坊主とミキ達の姿はあるものの兎崎はいなかった

兎崎さんは?と駆け寄る坊主に里衣子は首を振ると
鍵のしまったままの店内を見詰め
その後ろで坊主が兎崎は上へ上がれたのだろうかと心配そうに口を結んで俯いた

無言のまま駄菓子屋の中を見つめたり、道の向こうへ姿をさがすよう視線をむけたり
しゃがみこんでみたり再び駄菓子屋の中を覗いたり何時間もそれぞれが落ち着かないような動きをしていたが
やがて日が傾き商店街が夕陽色に染まりだすと

「さぁ」と里衣子が無理矢理つくった元気な声で振り返り「帰ろう」と硝子戸に背を向けると坊主もため息をつき後に続いた

ミキとユウタは硝子戸に駆け寄ると暫く店内を見詰めた

なんだか一番最初に此処へきたときの事を思い出す

悲しげな顔を硝子戸に写しながら名残惜しそうに少しずつ離れると
何度か振り返りながら駄菓子屋をあとにした


それから夏休みも終わり毎日のように駄菓子屋の前を登下校する日々が再び始まったが

当然のように駄菓子屋があいてる事はなく
たまに中を覗く里衣子や気にしながら駄菓子屋の前を通りすぎる坊主に会うだけだった





前のページ 次のページ
×
「#寸止め」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -