灰色がかる真っ白な町
傘をさし子供の手を引く母親

毅然と歩く女学生
雪を散らし駆ける馬車
はしゃぎ遊ぶ子供達

自分はあんな風に笑った事があっただろうか

目の前の人々から目をそらし手に握った懐中時計に視線を落とす

硝子盤の向こう、針が静かに時を刻んだ

こうしている間にも常に時は流れている事を実感した

笑顔で人々が行き交う町
その中に立ち尽くす自分

まるで自分の時間だけ止まっている様に思えた


一体何をやっているんだろうか
一体何の為に此処にいて、一体どうしたいんだろうか


そう自分に問い詰めれば問い詰める程答えは遠くへ消えていく

そもそもどんな答えがでたら満足なのだろうか


何を求めているんだろうか

今はしゃぎ遊んでいた子供達に迎えがきたように
自分にも帰りを待っていてくれるような暖かい場所があることだろうか


それでもその光景を羨ましいとは思わないのは、
それが一体どんな感じのものなのか知らないからだろうか

一度でもそういう経験があるなら懐かしみ羨んだだろうが
幸いにもあの微笑ましい光景が自分に訪れた事はない


知っているのは
家にいるより外にいた方が呼吸が出来るという事だ


そう言い聞かせ虚ろな瞳で再び歩き出す

懐中時計が夕食の時間をさした

「由太郎!!」

遠くからの声に振り向く

自分の手袋とは別にもうひとつ手袋を持つ政剛がこちらに大きく手を振り走って来るのが見えた

「やーっと見付けた探したんだぞ由太郎」

そう自分の前で足を止めた政剛の横を
積もる雪に視線をおろしたまま通りすぎる

「おいって、ほら手袋!寒いだろ?」

「…っほっときゃいいだろ!!」

政剛の手を払い除けると足跡のついた白い雪に手袋が落ちた

罪悪感からか無意識にそれから目をそらす

「じゃあせっかく雪の中ここまで来たんだせめてちょっとだけ俺の予定に付き合ってくれよ、な?」

政剛はそう歯を見せると背中をぽんと叩いた

ガス灯が並ぶ道、踏み固められた雪に足をとられない様ゆっくり進む

着いたのは洋風の建物に挟まれる様に建つ小さな菓子屋だった

「菓子屋?」

「そう菓子屋!この菓子屋なぁ兎がいんだそれが見たくてさ」

そんな寂しいと死んでしまうような生き物見たって面白くもなんともない

心の中でそう思いながら虚ろな瞳で店内を見詰める

店に入ってすぐの箱の中にそれはいた

「触ってみろって由太郎」

そう真っ白な兎を抱きかかえる政剛の横でそっと伸ばした手を白い頭の上に乗せる

温かい

自分以外の体温を感じたのはどれくらいぶりだろう

確認する様鼻を動かし後ろ足で立ち上がりこちらへ来ようとするその姿に
自然と僅かな笑顔がもれた

「ほら、由太郎ひとつやるよ」

いつの間に買ったのか政剛の手にはあまり見かけない焼き菓子が二つ握られていた

「困る。あんたから貰ったなんて義理母さん達に知れたら何言われるかわからない」

「たまにはいいだろこういうもんだって。この焼き菓子クジつきだから見てみろって」

渋々菓子を受け取り店を出る

ガス灯には明かりがつき、雪は小降りになっていた

「少しは元気出たか?」

「何が"俺の予定"だよ。気、遣われても俺は別に――」

「"弟"の心配しちゃいけないのかよ?」


その言葉が苦しかった
ナニモナイ方がずっと楽だ

「"義理弟"だろ」


そう言うと政剛より少し前を足早に歩く





「由太郎、何処行ってたんだい」

義理母が声を上げると同時に歯を食いしばる


「お袋!!由太郎は俺が連れ回したんだ!」


風呂沸かしてくるから

義理母と政剛の言い合いを裂く様にそう言うと、政剛にそっと先刻の菓子を返し草履をはきなおす為腰をおろす

いつの間にかひどくなっていた足の霜焼けにそっと手を当てた


「母さぁん、母さん私の洋服の…あら兄貴帰ってたの?あ!焼き菓子じゃない私にぃ?」

「あ、おい!」

媚びを売る様な義理姉の声が耳に障る

「兎がいる所の菓子屋のでしょ?あそこのクジつきの焼き菓子、なんだか当たりの方が多いのよね」

その声を横目に草履を履くと大きく息をはき立ち上がる

「あらやだ兄貴、相当なクジ運ね…」

ごみ箱の中に菓子の包みが着地した

「ふたつともハズレなんて」
とはしゃぐ義理姉を背後に玄関を開け静かに外へ出る


11月28日


早朝、切り付けられる様な寒さで目が覚めた

息が白い
外は雪だろうか

寒さを凌ぐにはあまりに薄い毛布から這い出し、かじかんだ手でそっと部屋の襖を開け
痛い程に冷たい廊下を過ぎ外に出る


白い息が澄んだ空気に帰る様広がりながら消えた
冬の朝の厳しい寒さに肺の奥まで冷やされていく気がした

皆が目を覚ます前に雪掻きを済ませておかなければ

両手に息を吐き少しばかり温めると、
玄関の横に立て掛けられたほうきに手を伸ばす

が、手を伸ばした先にはいつもそこにあるはずのほうきがなかった

辺りを見回す

まだ、誰にも踏み付けられていないはずの雪の上に自分以外の足跡が庭の方へ向かっている事に気付いた

こんな朝早くに誰が――

なるべく足に雪があたらない様、すでにある足跡の上を踏み庭へ向かう

「政剛?」

庭の雪は綺麗にはかれており、その中に頭に雪を積もらせ政剛がいた

「お!由太郎も雪掻きか?」

「雪掻きは俺がやらないと――」

「ちょっと待ってろ上着とってきてやる」

ほうきを立て掛け頭の雪をはらい政剛が玄関の扉に手をかけた

「いいって皆が起きるだろ!!」

「調度いいさ。上着きたら少し出掛けよーぜ」


1年後に今まで行われていた士族への秩禄支給が絶たれるという話しがある

その為家計は貧困に陥るのではないかと、近頃家では義理両親が毎日の様に頭を抱え苛立っている

その矛先が向けられてはと思い
政剛は自分を外へ連れ出してくれたたのだろう

朝日が顔を出し暗かった町並みに色をつけると同時に雪が白さを増し輝く

その眩しい白を踏み固め歩く音がまだ人通りの少ない静かな町に響いた


「悪かったな、由太郎。昨日俺が連れ回したせいで」

政剛はそう下げた眉の下の目を「ん?」と丸くすると「今もか…」とまた連れ回してしまっている事に気付きやっちまったという顔をし息をはいた

白い息が後ろへ流れる

「別に。俺からしたらもう普通」

いつかは出て行く
そうは思っていたものの、やはり何処かで家族の様になれたらと思っていたのだろう

もしもそんな事すら望まずにいれたのなら
「哀しい」と思う事もないのだろうか


暖色の理想と冷えた現実の温度差に、どうしたら良いかわからない感情が自分を締め付け
望んでも良い光りすら消していく

真っ暗になるのを恐れ
僅かに開けておいた扉のスキマ

そこから再び光りを注ごうと手を差し延べられても
その暖かさをどう扱えばいいのかわからない

「もう少し陽が昇ったら牛鍋でも食い行くかぁ」

気が落ちそうになるのを知ってか政剛が話しをそらした

いつもは通り過ぎるだけの牛鍋屋の暖簾をくぐると一気に鍋の香りにつつまれる
鍋を囲み世間話をする声が飛び交い賑やかだ

席につくなり政剛が口を開いた

「お前と飯食いに来るの初めてだなぁ」

いつも避ける様にあの部屋にいたため食事どころか政剛とまともに会話したのは実は昨日が初めてだ

あの部屋で
ただ時間が流れるのをじっと待つだけの遮断された毎日とは違う昨日と今日

これは本当に自分がすごしている時間なのだろうかと思う程なんだか暖かい気がした


「政剛ってもっと近付きがたい人だと思ってたけど」

「けど何だよ?」

そう政剛が牛鍋を頬張りながらあまりにきょとんとするもんだから
おかしくてついつい笑顔がもれた

「思ってたのと真逆。」




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