助手席にミキを乗せ、街灯だけがぽつりぽつりと並ぶ道を里衣子の運転する車が走る

何の曲かわからない洋楽が耳を澄ませば聞こえる程度に流れる車内で
車が跳ねる度にルームミラーの下で舌を出しギョロッとした目の愛嬌はあるがなんだかわからないキャラクターのマスコットがぴょんぴょんと揺れる

「なんか成り行きで私まですみません」

後部座席から坊主が乗りだし里衣子に申し訳なさそうに声をかけた

夜も遅くなってしまったし、泊まると言い出掛けて来てしまったミキは今更帰るわけにもいかず調度盗み聞きの事も話したい里衣子の家に泊まる事にしたのだ

坊主にいたっては本人の言う通り完全な成り行きだがどうやら坊主は里衣子に聞きたい事があったようでついでに来る事にした


しばらく走り道の脇に家やコンビニが見えはじめた頃
里衣子は脇道へ曲がり少しの所に現れたアパートの駐車場に車を突っ込んだ

後部座席からカバンを取り出し部屋の鍵を持つとコンコンとアパートの階段をのぼった

「汚ないけど入れよ」

と開けられたドアの先には早速開けられないまま積み上げられた宅配便の荷物やたくさんの履き潰されたサンダルに何故かマネキンまである

それらを器用によけながら電気をつけると里衣子は机の上に散らかるペットボトルや缶を一気に袋につめ冷蔵庫の横においた

意外にも床は綺麗だ

適当に座ってくれとクッションや座布団を机のまわりに投げると冷蔵庫からペットボトルのお茶を人数分出し2人の前に一本ずつおいた


腰を落ち着けた坊主が玄関先のマネキンからふと隣の部屋に目を向けると同じようなマネキンに作りかけの服がかけられていた
奥の方には作りかけのドールやパーツの型や粘土もいくつか見える

「里衣子さんこういう仕事されてるんですか?」

「趣味だよ趣味。仕事はフリーター」

こうみえて意外と器用だろと笑うと里衣子は
「それで坊さんの話しってなんだよ?」
とペットボトルに口をつけた

「いや、兎崎さんの話しなんですが…」

と坊主が言うと里衣子は「ちょっと待て」と言い

「坊さんはあいつがなんなのか知ってんだよな?」

と聞くと頷く坊主を見て今度ミキの方を見た

「んで、ちびっこお前はどこまで盗み聞きした?」


ミキは里衣子の言葉に言いにくそうに「こないだのは全部」と答えた

里衣子はなるほどなるほどと頷くと、じゃあわかってると思うけどと2人を見た

「うちの店主さんはとっくの昔に死んでる」

そう言うと里衣子は更に続けた

「殺されたらしいんだよ。それも昔も昔明治にだそーだ。」

里衣子は「まずひとつめ!」というと2人の前にたてた人差し指を出した

「あいつの名前は宇崎由太郎。あいつが明治の新聞でさがしてるのはその事件が乗った記事だ事件の真相がわからないんだと。だけどさがしてるのはそれだけじゃないあいつは自分の体が埋められた場所も知らないんだ」

そこまで聞くと坊主は「やはりだからあの時スコップ持ってたんだ」と独り言のように呟いた

「あいつそんな目立つ事してんかよ」
と呆れたように言うと里衣子は「ふたつめ」と二本の指をたてた

「あいつは依頼で合った霊やその辺にいる霊に永坂政剛って男の霊を見かけなかったか聞いて歩いてんだけど兎崎を殺したのはこいつらしい。もし見つかればそいつから全部聞きゃいいからな」

「せいごうって兎崎に時計くれた人でしょ!?」

目を丸くするミキに頷くと里衣子は2人の前でたてたままの2本の指を1本にかえそのままミキをさした

「どーせなら探偵するだけじゃなくて手掛かり探し手伝えよ」

目を細めてじりじりとミキに詰め寄る里衣子に坊主が「それにしても…」と口を開いた

「まったく事件についての手掛かりはないんですか?」

里衣子は「いーや」と坊主の方を向くとミキに詰め寄っていた顔を離し腰を床に落ち着けた

「手掛かりとは言えないけど前に兎崎から聞いた事件がおこるまでの話しなら知ってるぞ。確か冬の話しで雪が降ってたって言ってた――」



11月27日――‐

まるで心を映したかの様な灰色の重たい空

積もる雪は町の音を吸収し、凍える静寂に押し潰されそうになる

暗い空から舞い降りる白い雪がかじかんだ手に着地しゆっくりとその姿を水に変え肌を伝う

あぁ、生きている温度が自分にもあるのか

独り思いながら流れる人通りに交じり歩いた


「買い物ごときに何時間かかってんだい由太郎、夕飯の支度させない気かい。本当に役に立たないねぇ」

「やだ母さん"帰って来ない"方が良かったんじゃなぁい?」

冷たい視線、耳障りな笑い声が響く

玄関におろされた買い物の品は味噌や米と一人では持ち帰れない程に重たい物ばかりだ

が、帰りに時間がかかったのはこれのせいではない

ただ、この声を聞きたくなかったそれだけだ

無表情のまま擦り減った草履を脱ぎ揃え、義理母と義理姉の横を足早に通り過ぎる


四民平等を唱える明治の世だが未だ身分の違いに悩む者もいる

ここ永坂家は古くからの武家で明治に入り士族となった

一方、宇崎家は平民

十年程前病弱な母が頼み込み永坂家に自分を預けたのだがその母も他界し身寄りはない

当時はまだ自分も小さかったため養子という話しもあったらしいが士族と平民の養子縁組にはいくつかの条件が必要な為それは出来ず、
預けられたというだけの自分はこの永坂家の中では完全に余所者あつかいだった

今ならば出ていって何処か他所で暮らせばいいのだが、そんな場所も金も宛もない


耳に届く声を遮断する様に部屋の襖を閉め、狭く冷えた部屋で身を縮める様に襖に背中をつける

狭い部屋を照らすたったひとつの薄暗い豆電球の揺れる明かりが妙に落ち着く

このままこの薄暗さに溶けてしまえればいいのに

私物も娯楽もないいつもと変わらないつまらない部屋の中に静かに息を吐く


玄関の方からただいまと義理兄、政剛が帰って来た音がした

いつまで家の物音を伺い身を縮めていればいいのだろう

義理兄の足音は廊下を進みこの部屋の前でとまった

襖が開けられ光が入るとその眩しい心地悪さに目を細める

家族団欒と繋がった外の空気、その明るさが耐えられない


「まぁたこんな暗い所にいたのか由太郎!?大丈夫か?お前今日も重た―‐」

「俺、出掛けるから。」


心配し声を掛ける義理兄の間を抜ける様に部屋を出る

引き止める様後ろから声をかける義理兄の方へ振り向くと
義理兄はその手からこちらへ何かを投げ渡した

受け取った手を拡げると
それは懐中時計だった

"seigou・n"と小さく彫られている

「持ってろって、それ見て飯の時間なったら帰って来いよ、な?」
俺はもう一個あるからと義理兄は懐からまったく同じ懐中時計を出すとニッと笑ってみせた

"飯の時間になったら帰って来いよ"
その言葉に戸惑った

嬉しいのか、嫌なのか
そうしたいのかしたくないのか
そうしていいのか、わからなかった

「政剛!政剛―っ!!お風呂沸いてるわよ早くなさいな」

義理兄を呼ぶ義理母の声が響く

「わかってるっつーの…」

政剛はそう呟くと、飯の時間忘れんなよと言い廊下をあとにした

夕飯の時間がわからなくていつもそこにいないわけじゃない

そう心の中で呟き凍える空の下へ足を踏み出す



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