とミキは困ったように言葉を濁した
あの日盗み聞きした話しが原因でユウタが兎崎を怖がってしまったなんてとても言えないがうまい嘘もうかばなかった
暫く里衣子は不思議そうにミキを見ていたがまあいいやと肩をあげる仕草をすると坊主の方をみた
「あたしらにも手招きしてたって事はちびっこだけが狙いじゃないのかもな…まさか今日の夜から家に来るようになったりしないよな」
身震いしてみせる里衣子にやめてくださいよと眉をさげると坊主は
「どこにも情報はないし手招きする理由もわからないし言葉もわからない…」
と呟いたあとしばらく考え
「今日の夜ユウタ君の家の近くで張ってみますか?」
と里衣子に提案した
日が沈み、家路につく人びとの姿もだんだんと見掛けなくなる頃
ユウタの家の前の通りから一本入った細い道の塀に隠れる里衣子は
通りをきょろきょろと歩く坊主を見つけると携帯のライトをつけ此処だというよう振った
それに気付くと坊主は小走りで駆け寄る
「もう隠れてるんですか?」
「遅いより早い方がいいだろ!?」
何言ってんだと眉を曲げる里衣子の後ろで自転車のブレーキ音が高く響くと止められた自転車からミキが飛び降りた
「なんでおまえがいんだよ時間考えろ親父のカミナリが落ちんぞ!?」
「大丈夫よちゃんと泊まるっていってきたもの」
そう言いながらミキは2人の元まで歩くと腰に手をあてた
「親ってのは泊まり先に電話かけんだよ、まぁうちの娘がすみませんーってさ」
「だからお坊さんとこにみんなで泊まりで夜は胆試しで電話出れないってちゃーんと言ってあるもの」
へへん!と笑うミキの言葉に坊主はあたふたとしながら
「もし電話きてもお盆前で妻は実家だし息子夫婦は泊まりで出てるし…」
と呟きながらひとつずつ確認するよう斜め上を見ながら立てられた人指し指で何もない場所をさしていく
「そんなに理由考えてまで来たいかよ!?本当好きだよなそういう探偵ごっこみたいなやつ」
呆れたようにそらした目の上で眉を寄せると暫く里衣子は考えるように首を傾げたり上を向いたりしていたが
「あー!?」と言いながらゆっくりミキの方をみた
「こーのちびっこ探偵めぇ、こないだ自転車で店来て慌ててたときも探偵ごっこしてたんだろぉ!?」
ははーんと細める里衣子の目と目があうとミキはギクッとしたよう肩をあげ「えぇと」とゆっくり目をそむけた
自転車で店を走り去るより前には里衣子に直接兎崎についての質問をしてしまっているし
喫茶店では兎崎とは話をしにくい事をほのめかせる態度をとってしまっているのだから今更言い訳が出来なかった
大人の話しなんか盗み聞きしたってなんも面白い事なんかないぞと言うと里衣子は通りの方へ顔をだした
あげていた肩をゆっくりおろすとミキも里衣子の向こうの暗い道へ目をむける
「昨日の夜はあそこの家の生垣の辺にいたって」
そう言いながらミキはユウタの家から少し離れた所にある家を指差した
「坊さんちゃんと必殺技用意してきたかよ」
「ないですよそんなもの。おまけに数珠もないですしせいぜい逃げ足が早いくらいですよ」
質問に呆れたように眉をあげながら坊主は足をあげるときっちり履かれたスニーカーを指差した
「逃げる気満々なとこ以外昼間よりレベルさがってんじゃんかよ!?なんで逃げにスキル全振りしたんだよ!」
「いいでしょう別に対峙しに来たんじゃなくて手掛かりないか来ただけなんですから!それに他にスキル振ったって元が大したもんじゃないんですからどうせ役になんかたちませんしだったら逃げに全振りした方がいいでしょ!」
「渾身の自虐とばすなよ!スニーカー選んでる暇あったら何か考えてくりゃよかっただろ!?」
段々と声の大きくなる2人の間に「しーっ!」とミキが割って入ると怒られた子供のように2人は静かになった
駅前の人が行き交う大きな明るい通りを背に
公園のベンチで兎崎は膝に乗せた新聞を次から次へめくりそして横のごみ箱へ落として行く
この時間にはすでに街頭以外は灯りのない商店街とは違い
背後の通りは明るく賑やかで
目立つ格好で大重の新聞をめくっていても行き交う人びとも公園で友達と話す学生もその姿を気にとめる事はない
やがて膝の上の最後の一枚をごみ箱へ落とすと兎崎は大きく息を吐き顔をあげた
調度向こう側のベンチで会話を弾ませていた学生の携帯がなり
画面をみると「やばい親からだ帰らないと」と焦りじゃーなと手を振り走って行く所だった
もうそんな時間なのかと思い懐の時計へ伸ばす手をとめると、兎崎は公園の時計を見上げた
ソレ見テ飯ノ時間ニナッタラ
帰ッテ来イヨナ
なんだか懐かしい声を思い出した気がしてため息をつく
と、背後の通りを駆けて行く足音が通り過ぎ
ザッとその足を止める音を鳴らすと再びゆっくり戻り兎崎の真後ろでその音を止めた
そして暫く止めていた足音は再び背後で駆けるとぐるりと公園の入り口の方へまわりやがて足音の主の女性が兎崎の前へ駆けてきた
手には里衣子に渡された紙ナフキンのメモが持たれている
兎崎は不思議そうに暫く女性を見つめると「あぁ!」と目を丸くした
「確かこの前時計拾ってくれた――」
女性はそうですと頭をさげると急にすみませんとカバンの中に手を入れ何かをさがしだした
「なーーんも通らないな」
飽きたように眠そうな目で塀にもたれると里衣子がぼそりと呟いた
あれから着物の老婆どころか誰一人としてこの道を通っていない
虫の声だけがあちこちから聞こえている
「もう付きまとうのやめたんかもな、帰ろう帰ろう」
と里衣子が腰をあげたときミキが服の裾を引き再び里衣子をしゃがませ立てた人指し指を顔の前にだした
そしてその指をユウタの家の方へむけ何度もさすように動かす
なんだよとそちらへ顔をむけるといったいいつからそこにいたのか老婆がユウタの家の前にたっていた
「いよいよ出たな!」
と小声で言うと里衣子は地面に手をつき覗くよう僅かに前へ出た
「昨日の場所よりだいぶユウタ君に近づいたみたいですが大丈夫ですかね…」
老婆は暫く立ち尽くしていたがやがてゆっくり手をあげると手招きをはじめた
「こりゃいよいよちびっこ連れてかれちまうんじゃねぇかどうするよ?」
老婆はいつものようににこにことした表情をつくると手を止め家のまわりを歩き出した
調度そのときユウタの部屋のカーテンが僅かにあけられそしてすごい勢いでしめられた
「ユウタのやつ怖いなら開けなきゃいいのに」
苛立つようにミキが呟く
ミキ達がすぐそばまで来ている事を知らないユウタは布団の中に飛び込むと明らかに昨日より近づいている老婆にガタガタと体を震わせ
ミキに電話をするべきか坊主に電話をするべきかそれともまた朝までこのまま待つか、朝が来る前につれていかれてしまうのではないか必死に考えをめぐらせた
そしてついに老婆が壁の登れそうな所へ手をかけた
「あ!」と3人が体を前に出したときミキの自転車が倒れ静かな通りに音を響かせた
老婆が振り向く
3人が顔をひきつらせると同時に老婆は壁から手をはなし廃村のとき同様笑顔を消した顔でこちらへ向かってきた
慌て立ち上がり背を向け走り出したとき
坊主が短く声をあげ先頭を走る里衣子が振り向くと坊主は足をおさえ苦痛の表情を浮かべていた
どうやらずっとしゃがんでいたせいか足をつったらしい
「おい嘘だろ逃げに全振りしたんじゃないんかよ!?」
と眉を曲げ走ったまま言う里衣子の横を泣きそうな顔のミキが全力で足を動かし自転車で通り過ぎて行く
あ、おいずるいぞ!と里衣子は走る速度をあげ自転車の後ろへ飛び乗ると
「坊さん悪いなまた来世でなー!」
と地面に手をつき頭をさげ俯く坊主に声をあげ暗がりの中へ消えていった
「ちょっと里衣子さんお坊さんどうすんのよ!?」
ミキが息をきらしながら必死に自転車をこぎ、涙を浮かべる目の上で眉をつりあげ早口で言う
「真っ先に置き去りにしたのおまえだろ!?ちょっと待ってろって」
そう言うと里衣子は携帯を耳にあてた
兎崎の座るベンチの前でやっとカバンから取り出したそれを持つと女性は両手で兎崎の前へ出した
手のひら程の大きさの正方形の木箱だった
古いようなものではなくキズも汚れもなく新しいもののようだ
「すみません本当は駄菓子屋の方へ持って行くつもりだったんですが…」
と女性はここまで来たいきさつを話す
「実は相談があってこれを持ってきたんですが」
と改めて前へ出された木箱を受け取ろうとしたとき兎崎の携帯が鳴り響いた
兎崎は木箱の前まで出していた手で携帯をとると渋々着信を受ける
「なに?」
「おい兎崎今どこにいんだよちょっとちびっこと坊さんが大変な事になったんだよ!」
携帯の向こうの里衣子に
「うん、うん、わかった」と答えると兎崎はそのまま切らないで待っててと言い携帯を下げると女性の方を向いた
「ごめんね急用が入った。今あまり依頼は受けてないんだけど明日は駄菓子屋にいるからそれでもいい?」
申し訳なさそうに眉をさげる兎崎にそれでいいと伝えると女性は木箱をカバンへ戻した