想定外です。 | ナノ



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「痛ぇー……つか誰よ、このかわいこちゃんは。どこの制服?」


 と、私に踏み潰された殿先輩が、心なしか少し嬉しそうに私の顔を下から覗き込んできて、それから顔を背けた。何この人。いや、殿先輩だよ。殿内明良先輩だよ。学園アリスの。真面目にちょっとどういうことよ。


 ────もしかして、これ。
 俗に言う「異世界トリップ」とかいうやつなのではないだろうか?


 ……いやいや、もしそうなら私の手には負えない代物ですが。
 私学アリ全巻読んでるし。展開全部知ってるどころか、心読み君の本名すら知ってるレベルで学アリ好きだから。好きだけど、この物語に私が巻き込まれるのはとても無理があるのでは?


「……お前はどこから来た」


 そんなことを考えつつ、殿先輩の質問をいくつかスルーしていたら、今まで私をガン見したまま動かなかったペルソナが突然声を発した。


「…………日本」


 しばらく考えて、私はそれだけ言った。
 多分余計なことは言わない方がいいだろう。しかしその返答を聞いたペルソナからめちゃくちゃ怒気を感じる。やべえ。怖い。ウケる。返答誤ったかも。メンゴ。


「あのね、ここはアリス学園っていう学校のすぐそばなんだ。それで僕達はここからもうちょっと行った所に用があって、その帰りに彼──殿内君の上に突然君が降ってきたんだ」

「あ、なーるほど」


 ふんふん、空気を読んで助け船を出してくれた鳴海先生のおかげで事情はだいたい分かったぞ。だいたい。だけど一番肝心なことが分からない。どうして私は此処にいるのか、どうやって此処まで来たのか、

 ……どうしてペルソナは私のことを、さっきからずっとガン見してるのか、とか。
 さっきの誤った返答をする前からだいぶガン見されているから、なかなか気が休まらない。何だ何だ。惚れたか?


「……あの、何でさっきから私はガン見されてんの?実は私もアリスでしたとかそういうオチ?止めてね?」



 トリップものってだいたいそういうオチある。しかも学アリのトリップものだと高確率で「危険能力系のアリス」だからね。やだよ。私得体の知れない任務とかやりたくないし。結局本編でも明確に任務の内容が明かされたわけじゃないし。いや、なんか危険な仕事をやらされてるのは知ってる。学園に仇をなす者を排除するとか何とか。でもヤダ。私ダラダラして生きたいもん。

 あ、……うん、ぶっちゃけね?言ってから失言に気付いた。頭混乱し過ぎて脳内で留めるべきだった台詞を口に出して言ってしまった。


「……君は、アリスがどういうものか知っているのかい?」


 アリスについてはふわっとした知識しかないフリをしなきゃいけなかったらしい。
 私は既にここで選択肢を誤ってしまった。

 厨二病で常春のこの頭をフル回転させて、必死に返答を考える。


「ああ、まあ、多少」


 私がそう曖昧に笑えば、「そうなんだ」と鳴海先生も曖昧に笑った。うふ。突然現れた挙句に(それも空から)アリスについて知ってる謎の女学生。怪しいっていう感想しか出てこない。うん、何か誤魔化しきれてない感ありまくりだけど、まあいいや。落ちた時の衝撃でふわっとした記憶しかありませんっていう設定でいこう。

 鳴海先生の問いつめるような笑みに、得意の愛想笑いで対抗していたら、今まで身動ぎ一つせずに私を見ていたペルソナが口を開いた。



「お前はアリスの可能性がある」

「は?」


 その場にいた全員で総突っ込みをすれば、不愉快そうに顔をしかめたペルソナが私から「何かを感じる」んだと言った。何、感じるって。どこから、何を?ペルソナって高等部校長みたいな特殊なお目目をお持ちでしたっけ?んなわけないよね?


「え、じゃあ私は何のアリスなんですか?」

「知らないな。自分で見つけろ」


 ええええ、ええええ!!どういう仕打ち?さすがに意味分からんが!?
 ただでさえ何が何だか分からなくなってる頭にこれ以上負荷をかけないで欲しい。悲しくなる。

 私から「何かを感じる」らしいのに、私が「何のアリスを持っているのかは分からない」のだという。マジそんな都合の良い話ある?勘弁してよ。
 鳴海先生に助けを求めて視線をやれば、先生が困ったように「な……何か心当たりは?」と言った。あるわけなくない……?私の気持ちを代弁するように、殿先輩が「あったら苦労してないんじゃないっすかね……」と言ってくれた。ありがとう。


「瞬間移動のアリスとかですかね……?コイツ空から降ってきたし、もしかしたらアリスが制御出来てないのかも」

「うーん……でも、能力が不安定な子が、それも瞬間移動なんてオーソドックスなアリス……今までアリス学園に見つからずにいられるとは思えないんだよね……」

「確かに……え、お前今いくつ?」

「十七です」

「俺の一個下かあ……じゃあ尚更ねぇよなー。俺ですら中学の時に見つかってるわけだし……まあ俺の場合はかなり特殊な見つかり方だったけど……大人になってからアリスが出るケースもあるみたいっすけど、コイツみたいに十代でってケースはあるんですか?」

「うーん…………」


 静観を決めたらしいペルソナをよそに、鳴海先生と殿先輩が私のアリスについて真剣に考え出してくれる。そもそも、私が本当にアリスがどうかなんて高等部校長くらいにしか分からないのに。なんて良い人たちなんだ。
 仕方がないので、私も頑張って心当たりについて考えることにする。正直、もし本当に私が学アリの世界にトリップしたのだとしたら、それはもちろんやっぱりとても嬉しいことなのだ。アリス学園に入学出来るのは、学アリファンとしては夢だろう。

 ただ面倒事から逃げれば良いだけの話なのだ。面倒事から逃げれば。


 ────そう、あれは私が中二になった頃。
 私と同じく学アリファンの友人と二人で“IF”の話をしたことがある。



「もし、学園アリスの世界にトリップしたら、どんなアリスがいいか?」



 ……そうだ。確かあの時、私は“音のアリス”がいいという結論を出したはずだ。



「……あ、じゃあ口笛吹きます」

「えっ?なんで?」


 鳴海先生のツッコミをスルーして、小さく口笛を吹く。
 いやいや、別にご機嫌だから口笛を吹くわけじゃないですよ。もちろん。

 ピュウ、と控えめに口笛を吹く。あの日の自分は細かく自分のアリスの設定について考えたりはしなかったけれど、確か自分の出す音であれば大体がアリスとして発動するはずだ。よくよく考えたら拍手をするとかでも良かったと思うが、私は口笛を吹くのが得意なためそれ以外思い浮かばなかった。阿呆だ。

 音が鳴ったその瞬間。殿先輩の後ろにあった立派な木が、大きな音を立てて粉砕した。


「だあああああ!!あぶねえええ!!?」

「うわッ?!私もビックリした!ごめんなさい!!」


 自分の頭の上に落ちてきそうだった木の枝を、殿先輩がすんでのところで華麗に避ける。申し訳ない!鳴海先生と二人で殿先輩の怪我の心配をしている間、やっぱりペルソナはピクリとも動かなかった。お前に人の心はあるのか。「なんとか大丈夫……」そう苦笑いする殿先輩に一応「あなたを狙ったつもりは無かったんです」とアピールはしておいた。
 べっきべきに折れた木を見ながら、鳴海先生が「そっかぁ」と呟く。


「ペルソナ先生の言う通り、君もアリスだったんだね」


 そう言う鳴海先生の顔は、少しだけ曇っていた。
 えっ何?何その顔。私がアリスじゃダメだった?
 てかなんか私ここに来てからずっと「何」ばっかり言ってる気がする。


「まるで私がアリスだと何が不味いことでもあるみたいな……」

「えっ?あ、いやいや!そういう事じゃなくてね……」

「?」

「あのね、君がアリスだって分かったからには、今すぐアリス学園に入学してもらわなきゃダメなんだ。君はもう知っているみたいだけど……アリスはすごく希少なものだから、能力者、特に子供は犯罪に巻き込まれやすいんだ。だから、その保護って意味合いもあるんだよ」

「ああー」

 なるほど。そういやそうだった。蜜柑もソッコーで学園にぶち込まれてたもんね。小学生でも遠慮がないなら高校生なら尚更か。でも正直、今の私には帰るところが無いから、衣食住を与えて頂けるのはすごく助かる。帰るところが無いっていうより、全体的にいろいろと無い気がするんだけど。戸籍とかどうなってんの?


「だから、君の親御さんにお話をしたいんだけど、連絡先とか分かるかな?」

「……えーと、分かりません」


 いや、もう、そんな顔されても本当に何も分からないんですよ。
 果たしてこれはどこまで話していいのか皆目見当もつかない。ただ、ペルソナのアリス知ってるでー!校長のアリス知ってるでー!あんたらの過去知ってるでー!今後の展開知ってるでー!はまずいっていうのは何となく分かる。アリス学園に入学する前に初等部校長に消されちまうわ。

 とりあえず、学校から帰る途中に車とぶつかりそうになったこと。それを避けようとした拍子に畑に落ちたこと。そして起き上がったらこの場所にいたこと。それ以上のことは憶えていないこと。その四点だけ伝えた。

 まあしかし、当然みんなは腑に落ちないって顔してたけどこれ以上は本当に無理。言えない。
 住所は、家族構成は、学校名は、ご両親の名前は、そんな感じのことをいろいろ聞かれたけど、答えは全て「分かりません」だ。


「あ、私の名前はみょうじなまえです。よろしく」

「あ、鳴海です。教師やってます」

「殿内明良です、高等部三年です」

「この人はペルソナ先生で僕と同じく教師やってます」


 真面目か?








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