岩 藤

突然のキスにアサの頭はこんがらがって、ナツキと顔を合わせるのがより一層気まずくなって、暇な時間はほぼ外出するようになった。

なーんにもない、がらんとした公園の隅に座り込んで、日焼け対策の日傘の下で延々と流れる雲を見ていた。

どうすればいいのかもわからず、ナツキに向き合うことから逃げて、公園にいたらソラに会えるんじゃないかって淡い期待を抱いて、ずっと、そこに座っていた。



…すごく、わかるな、アサの気持ち。

キスシーンの撮影で失敗してから、以前みたいに皇さんと演技についてお話することはなくなった。
必要最低限の挨拶だけ、撮影もアサがナツキを避けているもんだからほぼ絡まない。
好都合だと思う傍らで、憧れの皇さんとせっかく共演しているのに、すごくもったいない、このままじゃ駄目だ、という気持ちがいつまでも私の中で渦巻いていた。

アサもきっと、向き合わなきゃって思いつつも、逃げてしまうんだろう。



「『あれ…、アサ、久しぶり』」
「『ソラ!やっと会えた、もー、最近私ずっとここにいたのに』」
「『あはは、ごめん、実はちょっと』」


そう言って表情を曇らせるソラが心配になる。

公園の隅の段差に座る私の隣をぺちぺちと叩いて、ソラに座るように言う。日傘を、まるで相合傘するかのように傾けてあげる。今日もとても暑いから。


日傘の影の下で、透き通るように白いソラの頬を盗み見る。
毎回、美白だとは思っていたけど、炎天下のなかでここまで血の気がないのも心配になる。


どうしたの、とソラに聞くと、ソラはゆっくりと話し出した。


「『俺、じつは、肺の病気でさ』」
「『…うん』」


サナトリウムの意味を調べた時から何となくソラが病気なんだろうか、とは思っていた。

肺の病気って言われても、私には全くわからない。
肺がんは知ってる。あとはクラスメイトのひょろりとした男の子が気胸になったってのを聞いたことがあるくらい、かな。


「『ちょっと、良くないみたいなんだ、病状』」
「『え…!今日、出歩いてていいの?』」
「『うん。少し良くなってきたから。お医者さんにもちゃんと許可はとってる』」
「『なら、よかった、けど』」
「『ごめんね急にこんな話して』」


無理やり作った笑顔に、胸がずきんと痛んで、ソラが私の知らないところでどれほど病気に苦しんでいたのか考えてしまった。
出歩くこともできないくらいには病状が悪化していたということがどういうことなのか、医学に全く造詣が深くない私にはわからない。でもたぶん、すごくつらい。


「『知り合ってそんなに経ってないし、お互い全然知らないけどさ』」
「『うん』」
「『私で良かったら話相手くらいなるし、その、頼ってくれても、いいよ』」

日傘の持ち手をきゅうと握ってそう言うと、隣に座るソラがこちらを向いたのが視界の端に見えた。

目を合わせようとそちらを向いた時、やけに近い顔の距離に気がついて、少しびっくりする。


「『ソラ…?』」
「『…アサ、ねえアサ、俺、アサが好きだよ』」


どくん。
心臓が大きな音を立てた気がする。

そっと頭に回されたソラの手に気がついて何をしようとしているのかを察したから、何も言わずに目を閉じた。


優しく触れたソラの唇は、炎天下の中でも少しひんやりとしている気がした。




このあとセリフはない。大丈夫だ。


唇がそっと離れて、ゆっくりと目を開けた時、ソラは藤田くんなのに、皇さんの姿を重ねてしまった。

皇さんとのキスシーンはうまくできなかった癖に、なんで今はできたのか、苛立ちにも似た気持ちが湧いてくる。


ソラ役が、皇さんだったらよかった、なんて。

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