▼ 夕 立
今回のドラマは、キスシーンがある。
それは承知の上で撮影に臨んでいたけど、初めてがドラマって、女の子としてどうなんだろう。
何度もソラと逢瀬を重ねるうちに、儚げな雰囲気と優しい物腰に少しずつ惹かれていくアサ。
淡い恋のような気持ちに気づいていくなか、おばあちゃんの家でひとつ屋根の下暮らすナツキからアプローチを受けるようになる。
「『アサ』」
「『ナツキ?なに?』」
異性だと認識してこなかった従兄弟が、れっきとした男なんだと意識してしまってから何となく気まずくて避けていたアサだったけど、ある日ナツキに呼び止められる。
白いTシャツに部屋着のバスパンを履いたナツキが、障子の隙間からひょっこり顔を出している。
「『俺今から休憩でアイス食うけど、アサも食う?』」
「『アイス?!いる!!なんの味?』」
「『ばあちゃんが買ってきてくれたらしいけど何味かまではわからん』」
避けていたのをすっかり忘れたかのように、ナツキの背をぐいぐいと押してキッチンの冷蔵庫へ向かう。
ソーダ味を手に取ったナツキ。
私はレモンにした。まだチョコレートが余ってるけど、暑い日は爽やかな味のアイスがいいなって思うから、レモン。
縁側に腰掛けて、風鈴の音を聞きながらアイスをかじる。
中庭で揺れているタオルは、私がおばあちゃんの手伝いで干したものだ。
「『アサ、レモンひとくちちょうだい』」
そう言って口を開けるナツキに、渋々レモンのアイスキャンデーを食べさせてあげる。
「『んま』」
「『でしょ。ソーダもちょうだい』」
そう言って、口を開けてナツキにねだる。
ナツキは、おもむろに自分のソーダのアイスをぱくりと一欠片加えて、そのまま私に口付けた。
目を閉じることもできなくて、首筋に添えられたナツキの手のひらが凄く熱いってことを、ぼんやりとした頭で考えた。
アイスの味は全くわからなかった。
ゆっくりと唇が離れて、ナツキと、皇さんと熱く視線が絡み合った。
心臓がどくどくして、首筋を汗が伝った。
私のセリフだ、と口を開いたところで、頭が真っ白になった。
セリフ、なんだっけ?
はくはくと口を開いたり閉じたりしているうちに、なぜかぽろぽろと涙が零れてきてしまって、監督が慌ててカット、と声を上げた。
ごめんなさい、すみません、と慌てて目元を拭うけど、涙は溢れるばかり。
撮影は中断、監督は優しい言葉をかけてくれたけど、スタッフさんがあまりいい顔をしてないのはひしひしと感じた。
渡されたタオルで目元を押さえて、皇さんにちゃんと謝ろうと皇さんの方を向く。
「す、皇さん」
こちらをみた皇さんの目は、失望?落胆?分からないけど、冷たい色をしていた。
「その、ごめんなさい」
声が震えたけど、尊敬する人に迷惑をかけてしまった申し訳ない気持ちを伝えたくて、必死に喉から声を絞り出した。
「次は、気をつけろ」
叱責するわけじゃなくて、かけてくれた言葉は優しかった。
けど、その言葉の響きはとても冷たくて、頭がくらりとして、また涙がにじんだ。
ごめんなさい、ごめんなさい。
うまくやれなくて、本当に、ごめんなさい。
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