青 梅

「『そんなところで何してんの?』」


コンビニでアイスを買った帰り道、広い何も無い公園のど真ん中で蹲る男の子を見つけて、アサは気まぐれで声をかける。


「『…えと、なに、してるんだろ』」
「『はあ?』」
「『あ、いや、えーと…空を見てただけだよ』」
「『蹲って下向いてたのに?』」
「『…じゃあ蟻を見てた』」
「『…変なの』」


蹲っていたから気になって声をかけてしまったけど、別に体調が悪いとかそういう訳ではないみたいだ。
それがわかったから、アイスが溶けてしまうから、と帰ろうとする。


「『まって』」
「『…なに?』」
「『名前、なんて言うの?俺はソラ』」
「『わたし?私はアサ』」
「『そっか、またね』」


またねとはなんだ。

公園の向こう側に消えていった男の子を訝しげに見送って、やっと公園からでる。



今にも消えてしまいそうな雰囲気のソラが気になって、何度かその公園に通うアサ。
たまにソラに会えると、くだらない世間話をした。自分からはあまり話さないソラだけど、アサの話を楽しそうに聞いてくれた。

真夏の太陽の下でも、ソラの肌は血管が透けるんじゃないかってくらい白くて、皮膚が薄そうな感じがする。

ソラとは公園でたまに会うだけの関係で、どこに住んでるのか、何歳なのか、何も知らなくて、唯一知っているのはソラっていう名前と、しばらくお話すると公園の向こうに帰っていくこと。



「『ねーナツキ』」
「『んだよ、いま過去問解いてるから邪魔すんな』」
「『ごめんて、ちょっと聞いていい?』」
「『あ?』」
「『コンビニまでの道に公園あるじゃん』」
「『コンビニ?だいぶ遠いだろ、お前あんなとこまで行ってんの?』」
「『アイス食べたいじゃん。で、公園』」
「『あー?あー、ある、あったわ。んでその公園がどうしたんだよ』」


シャープペンシルを動かす手を一度止めて、ナツキがじろりとこちらを見てくる。


「『いや、あの向こう側って何があるの?』」
「『はぁ?んなもん知るかよ。ばあちゃんに聞け』」
「『なんだナツキ知らないんだ』」
「『はぁ?だいたいあの公園の周りなんもないだろ、しいて言うなら林があるってくらいで…、ん、いや、そういや…』」
「『え、なになに』」
「『なんか、病院があるって聞いた気がする。サナトリウム?みたいなやつ』」
「『…へぇ、ありがと』」


ナツキに勉強がんば、これあげる、とアイスのついでに買ってきたラムネ菓子を投げつけて、「おいこら投げるな」という声を背中に聞いて部屋から出た。


そのあとこっそりサナトリウムの意味をスマホで調べて、綺麗な空気のなかで病気を癒す施設だって知った。
ド田舎だからこの辺は空気は綺麗だし、星もよく見える。ぴったりだろうなあなんて考えながら、おばあちゃんちの薄い座布団に座って、おまんじゅうを食べながらテレビをぼーっと見ていた。

ソラ、病気なのかな。




「はい、お疲れ様です」

今日の撮影は終わり。スタッフの方々と共演者の方々に、お疲れ様です、と声をかけてマネージャーさんのもとへ。


「名字さん」
「あ、皇さん、どうしたんですか」
「その、今日の演技、昨日よりよかったと思う。アサのちょっとふてぶてしい感じでてた」
「あはは、ありがとうございます、ふてぶてしいってあんまり褒めてるっぽくないけど」
「いいだろ別に!」
「全然いいです、すごい嬉しいです。明日以降も頑張りますね」
「ああ、じゃあまた、お疲れ様」
「お疲れ様ですー!」


皇さんに褒められた!
皇さんに褒められた!

足取り軽やかにマネージャーさんの車に乗り込む。車に流れている最近ヒットしている恋愛ソングに合わせて鼻歌なんか歌っちゃう。


「ご機嫌だねえ」
「ふっふっふ」
「やっぱ生で見るイケメン効果?」
「もー違いますって」
「えぇ」


確かに藤田くんはかっこよかった。肌荒れひとつないつるりとした白い肌に、ぱっちりとした二重まぶたが可愛らしくて、こりゃ確かに人気出ますわ、と納得がいった。
でも。


「タイプじゃないんですー」
「昨日も言ってたね。そっかぁ、じゃあ皇くんかな?帰り際に少しお話してたよね」
「そうです!皇さん!今日も褒めてもらったんです!」
「へえ、よかったね」
「もうモチベ上がりまくりですよ、このドラマで女優として化けてやるくらいの気合が入りましたよ」
「あはは、その意気だよ」


佐々木さんの安全運転で自宅まで送って貰って、明日の簡単な日程と迎えの時間を聞く。


「わかりました。ではまた明日」
「…そっかぁ」
「え、なんですか」
「名前ちゃん、好きなタイプは男らしい人って言ってたもんね。皇くんは男らしく引っ張ってくれそうだよね」
「な、何言ってるんですか?!そんなんじゃないです。早く帰ってください。お疲れ様でした!」
「あははごめんごめん、お疲れ様てす。また明日」


マネージャーさんの車が角を曲がって消えるのを見送って、手のひらでほっぺたをぱちりと叩いた。

皇さんは尊敬する人、憧れの人。そういう俗っぽい感情はない。


撮影、頑張らなきゃ。

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