まぼろしはブルー


有給明けの出勤、私は始業の1時間前にはデスクに座ってメールチェックをしていた。私の不在中には特にトラブルは起こっていなかったようで一安心。


私は会社の中でもトレーディングを扱う部署にいる。
トレーディングっていうのは、「これが欲しい」って言うお客さんと、「これを売りたい」って言うメーカーの間に立って取引をすること。

私が海外出張が多いのは、海外メーカーの工場の視察によく行くからで、視察に行くということは視察しなくてはいけない原因が何かしらあるということだ。
単に、新しく取引するメーカーの工場を実際に見に行くだけの出張はまだいいけど、何か品質トラブルが起きて、現地で確認するために工場に行かなきゃいけない場合は、トラブル対応にそれなりに苦労することになる。
もちろん視察の目的はこれ以外にもたくさんあるけど、私はあんまりこれ以外の視察には行かない。噂によると、海外にある会社の資産の点検とかいうチョロい視察もあるらしいんだけど、まだ行ったことないです。行ってみたい。


まあ、そんな感じなので、不在の間になにかトラブルが起きていたら海外行き決定の恐れがあるので、トラブルはないに越したことはない。まあ、そりゃそうか。


メールチェックが終わって、今日のスケジュールをなんとなく組んだ。
今日はミーティングの日、って感じのスケジュールかも知れない。

朝のうちにやっておきたかった仕事を片付け終わったので、細く息を吐き出しながら肩を回す。ひと段落。


ところで、始業時間以前に出勤した分もお給料はでるんだけど、その扱いが「残業手当」なの、最初の頃はちょっと違和感あった。
なんというか、残業って、終業時刻後に遅くまでパソコンカタカタみたいなイメージ強くないかな。だから朝でも残業なんだってなったんだよね。こんな話どうでもいいね。



閑話休題。

私が一息ついたタイミングで隣の茅ヶ崎が出勤してきた。茅ヶ崎は私みたいに朝早めに出勤するタイプでは無いけど、今日はいつもより遅めだ。


「おはよ、重役出勤ですなぁ茅ヶ崎」
「おはよう。なんでか知らないけど道が混んでた」
「あーそういう、って、あれ、茅ヶ崎って車出勤だったんだ」
「そうだよ」


茅ヶ崎…、車似合いそうだな、夜景を見ながらドライブデートとかしてそう。わ、めっちゃ想像できる。あまりに似合うからちょっとムカついた。イケメンってズルいと思う。なので、私の想像の中の茅ヶ崎には、ドライブでカッコつけようとしたら間違えてワイパーを高速で動かしてしまう失敗を犯させておいた。滑稽な姿だこと。


「あ、そういえば冬組公演すごく良かったです…演劇っていいねぇ…」
「ハマった?」
「ハマりそう、あともう1回見たら完全に落ちる」
「ふふっ、いいよチケットとったげる」
「ワァン、茅ヶ崎くんイケメンじゃん…」
「ありがと。好きになっちゃう?」
「職場のアイドル茅ヶ崎くんは高嶺の花すぎるよお」
「あはは、お戯れを」


あれからMANKAIカンパニーについて調べて、公式サイトには目を通したんだけど、冬組は「しっとりとしたシリアスが得意」らしい。
確かに、『天使を憐れむ歌。』は、とってもしっとりと落ち着いていて、気がつくとはらはらと涙が落ちてしまうような劇だった。

ちなみに、茅ヶ崎のいる春組は、『正統派メルヘン劇』が得意らしい。
旗揚げ公演はロミオとジュリエットのアレンジを演じていた。
茅ヶ崎の役名はちょっと覚えてないけど、中世ヨーロッパ風の衣装がとっても似合っていたのはネットで見て覚えている。顔面が王子様だから、そういう衣装本当によく似合う。


「そういえば名字、昔の知り合いが冬組にいるって言ってたよね」
「うん、そだよ」
「誰?」
「紬くんと丞くん」
「あの二人か。主演と準主演だから出番多かったね」
「うん。たくさん見れた!」
「良かったね。何の知り合いなの?」
「高校時代の部活の同期。私、実は高校時代演劇部だったんだよね」
「え、意外。なのに演劇興味なかったんだね」
「んー、まあ演劇に情熱を持って入った部活ではなかったからねぇ。でもまあその時の同期をきっかけにMANKAIカンパニーの舞台に出会えたから感謝感謝、謝謝」


春組の次の公演のチケットはよろしくね、と茅ヶ崎と約束していたら始業時間になった。
私との世間話に、茅ヶ崎の出勤してから始業までの時間を費やさせてしまった申し訳なさをほんの少し感じた。本当は何か朝のうちにやっておきたい事があったかもしれないから。
また今度高級なチョコ買った時は茅ヶ崎におすそ分けしよう。


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