たおやかな


MANKAI劇場は、かなり年季の入った劇場だった。

実は、ちゃんとした劇団の劇を観るのはこれが初めてだ。
高校時代、同じ高校生の発表を見たことはあったけど、せいぜい部活レベルだ。それに、今回の公演は紬くんと丞くんがでるのだ。
期待は高まるばかり。


開演5分前、ブザーが鳴って、客はみんな期待した面持ちで席に着いて、舞台の上の閉まったままの幕を見つめる。
私はなんだかソワソワとしてしまって、泣いてもいいように用意したハンカチを開いたり追ったりと落ち着かなく膝の上で弄っていた。

しばらくすると、もう一度ブザーが鳴って、いよいよ緞帳が上がる。



そこからはもう、すっかり芝居に引き込まれてしまった。


人間の女性に恋をしたミカエル。
親友のラファエルは、そんな恋はミカエルを不幸にすると言い聞かせる。


「『それでもいい、例え自分が不幸になっても、彼女を幸せにしたいんだ』」


ミカエルの声、動き、表情は、いま恋をしているということを物語っていて、観ている私の心まで締め付けられる。



私はすっかりミカエルの報われない恋に夢中だった。

この人は、自分の恋が決して実ることはないとわかっていても、恋に落ちたかけがえのない相手のためなら自らの全てを差し出せるのだ。

そこまでできるほどの相手に出会えたことは、ミカエルにとってどれほど幸せなことだったのだろう。


その相手と直接会うことができないのに、天使の羽を文字通り削られながら人間界で暮らすミカエル。
最後には身を呈して彼女を庇い、彼女は救われるが、ミカエルは命を失った。


「お前はもう天使に戻れない。お前という存在は消えてしまうんだぞ」
「…それでも、初めて愛した人を守れて、親友の君に魂を送ってもらえるんだから、僕は幸せだよ」


抜け落ちた羽が幻想的に白く照らされて、ミカエルはゆっくりと天へ消えた。
親友のラファエルに連れられて。


なんて綺麗な愛の形なんだろう。
見返りを求めない、純粋な奉仕。
こんなに美しい感情が、どうして報われないのだろう。

健気なミカエルにすっかり感情移入してしまって、どうしようもない不幸に胸を打たれる。
涙がぽろぽろとこぼれるのをそのままに、ハンカチをぎゅうと握った。


カーテンコールで再び姿を表した冬組のメンバーは、素の姿、役に入っていない状態だった。
冬組リーダーであり、この公演の座長を務めている紬くんの挨拶が始まると、ようやく私は我に返って頬に伝っていた涙をそっと押さえた。


全てが終わって、客席から少しずつ人が出ていっても、私は地に足がついていないような不思議な気分のままだった。
何となくお見送りのために立っている紬くんと丞くんに話しかけに行くのは憚られて、受付に立っていた女性に、そっと差し入れの袋を渡して、とっても良かったです…!とだけ伝えて帰った。


帰っても頭に浮かぶのは紬くんが演じるミカエルだった。

今日見た紬くんの演技は、高校時代の紬くんの演技よりももっと繊細で深くて、心の奥まで震わせるようだった。

何故かふと、「彼女なんていたことないよ」と恥ずかしそうに笑っていた紬くんの姿を思い出した。
あれから何年も経った。今までに、紬くんは恋をしたのだろうか。自分の全てを差し出せるような相手に出会ったのだろうか。彼女は、できたのだろうか。



私がかつて抱いていたのは、学生時代の淡い恋心だ。社会人になるまで拗らせているつもりはない。
それでも、何となく紬くんのことが気になってしまって、年甲斐もなく甘酸っぱい気持ちになる。


兎に角、MANKAIカンパニーの公演はとっても良かったから、次は茅ヶ崎に頼んでまた観に行こうと決意した。


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