pane de oro


「有給勝ち取ったり!」


鼻息荒く自分のデスクに戻ってくると、隣のデスクの茅ヶ崎が笑った。


「名字、また課長とバトってたんだ」
「バトってはない、今回は真っ当な理由だから」
「いつものは真っ当じゃない自覚あったんだ」
「むむ、不覚、言葉のあやです」


そっかそっか、と女子みたいにくすくす笑う茅ヶ崎。なまじ顔がいいから、茅ヶ崎が笑うだけでその周囲にキラキラオーラとお花を放っている幻覚が見える。


「で、今回の理由は何だったの?」
「あー、茅ヶ崎には言ってなかったっけ。昔の知り合いが演劇やってるみたいで、チケット取ったから見に行くんだ」
「名字って演劇興味あったんだ」
「いや?そんなに」
「だよね。俺が劇団入りました、今度公演ありますーって言ったとき名字全く興味なさそうだった」
「いやちゃんと応援はしてた、ただ職場のイケメン王子様茅ヶ崎至がついに芸能人への階段を登ってしまうのかな…って思った、そんなんただの遠い人じゃん…、いや今も別にさして近くはないけど」
「え、近くないんだ」
「え、近くていいの」


きょとんとした茅ヶ崎は一泊おいてキラキラの王子様スマイルで、だって同期じゃん、近くていいよ、と言った。

茅ヶ崎にはこういう所がある。
人当たりが良くて、顔も良い。王子様のようなルックスから、どこかアイドルのように遠巻きに眺められることが多いのに、実際に喋ってみると意外と普通。多分故意なんだけど、いまさっきの「近くていいよ」みたいな、距離を詰めるようなセリフをサラッと言うし、そういうセリフを言う時には自分の見た目の良さをしっかり活用してバッチリスマイルを決めてくれる。

なんだこいつ、乙女ゲームか?って思った回数は数知れず。
誤解を恐れずに表現すると、茅ヶ崎は「あざとい」。そのあざとさにコロッと引っかかった社内の女子も、数知れず。


「で、どんな公演見に行くの?」
「んとね、MANKAIカンパニーの冬組旗揚げ公演、天使が題材みたい」
「…え」
「どした?」
「いやちょっとビックリしただけ、MANKAIカンパニーって俺がいる劇団だよ」
「あれっ?!そうなんだ」
「いや前に言ったことあるよ」
「んんんごめん、ちょっとあんまり興味がなかったのかもしれない」
「正直なのはいいことだけど失礼だな」
「ごめんごめん」


チョコあげるから許して、とデスクに常備してあるお菓子をいれたポッドを差し出すと、じゃあ1つだけ、と茅ヶ崎の長い指が少し高級な生チョコを掴んだ。茅ヶ崎、よく分かってるじゃん、それ美味しいよね。


「なんだぁ、言ってくれたら俺がチケット取ってあげたのに」
「いや私もたまたま天鵞絨駅近く通りがかったときにフライヤーもらって、えっ知り合いいる!ってその場で買ったからさ。また行きたくなったらその時は茅ヶ崎にお願いする」
「俺がいるの春組だから、気が向いたら俺のことも見に来てね」
「あい分かった!」


お話もそこそこに仕事へ戻る。

いやぁ本当に知らなかった。まさか茅ヶ崎が、紬くん丞くんと同じ劇団に入っているとは。世間は狭いね。



そうこうしているうちにあっという間に3週間が経ち、今日は公演当日。
有給のおかげで朝はゆっくり起きて、いつもより贅沢な朝ごはんをもそもそ食べて、部屋の掃除やお花の手入れを済ませて有意義な1日を過していた。
これだよこれ、私が求めていた有給。

公演は夜からだからまだまだ時間がある。あとは何をしようかな、と考えて、そうだ、持っていく差し入れを買いに行こう、と決めた。
舞台役者さんへの差し入れの定番がよくわからなかったけど、とりあえずショッピングに出掛ければ何か見つかるかもしれない、と家を出た。


百貨店の地下を物色していると、そういえばそろそろクリスマスなのか…と実感する。
クリスマスっぽいものでもいいかもしれない…と考えて探してみると、目に付いたのは断面が星型になるクリスマスに食べるパン。日持ちもそれなりにするみたいだし、これにしよう。


「すみません、これ1つください」


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