そろえたつま先


土曜日。

スーツケースの中身をすっかり取り出して、洗濯を回して、窓を開け放って掃除機をかけた。昨日に続いて今日もいい天気で、絶好のお洗濯日和。気が向いたのでシーツと枕カバーも洗濯にかけた。

干し終わったシーツが爽やかな風に靡いているのを見るのはどこか気持ちがいい。

風は冷たいけれど、太陽が出ているので気温はぽかぽかとして暖かい。

これならまだマフラーは必要ないな、とほんの少しだけ厚着をして外へ出かけた。

途中スーツをクリーニングに出してから、向かうのは近所のスーパー。天鵞絨駅近くにあるスーパーは、品揃えが豊富でよく行く。

そのスーパーを越えて少し行くと、演劇で有名なビロードウェイがあるのだけど、まあ、私にはあまり関係がない。



「あー、なんだかとってもイタリアンな気分、晩御飯ラザニア食べたいな…」


自転車を漕ぎながらあれこれとメニューを考えた結果、今日はイタリアンに決定した。

脳内買い物メモを作り上げながらスーパーへ。

三十分ほどスーパーをさ迷えば、お目当てのものはバッチリ購入できた。魚が安かったのでそれも買って、これは煮魚にしようかな、となんとなく考えながら帰路につく。


天鵞絨駅前を通りがかった時に、ちょっとした人だかりが出来ているのを見つけて自転車を停めた。
いつもはそのまま通り過ぎるけど、その時はたまたまそういう気分だったのだ。


「MANKAI劇場、冬組旗揚げ公演『天使を憐れむ歌。』、前売りチケット販売中です!」
「ぜひ見に来てくださいっス〜!」


笑顔でフライヤーを配る2人の男の子。ピンク色の髪の男の子と、赤い髪の男の子。2人ともまだ若い。
学年さんだ。

周りの人は口々に、ストリートACT良かったよ!と褒めていて、私が来た時にちょうど終わってしまったところだったんだな、と察した。


「お姉さんもフライヤー、どうぞっス!」
「わ、ありがとうございます」


赤髪の男の子が、人好きのする笑顔でフライヤーを差し出してきたので受け取る。


MANKAI劇場冬組旗揚げ公演『天使を憐れむ歌。』


2人の天使が大きく写っていて、陽の光が差し込む様子が幻想的なデザインのフライヤー。

でも私の目を引いたのは、フライヤーのデザインよりも、二人の天使のほうだった。


「紬くんに…、丞くん…?」


それは、高校卒業以来会っていない、当時の部活仲間の姿だった。

高校生の時と比べるとずっと大人になっているけど、見間違えようがない。
高校3年間、部活で同じ時を過ごした二人だ。

紬くんが演じるのは「もうすぐ死んでしまう運命の人間の女性に恋をしてしまった天使」、丞くんはその親友の天使の役だ。
似合う、すっごい似合う。


「あ、すみません、チケットって今ここで買えますか?」
「買えますよ、ありがとうございます!」
「ありがとうっス!」


にっこり笑顔の2人にお金を渡してチケットを受け取る。

演劇を見るのはすごく久しぶりだ。柄にもなくドキドキする。直感で公演初日を選んだら、その日は思いっきり平日だった。公演は夜からだったけど、その日は絶対に有給を取ろうと決意した。
公演にでる茅ヶ崎の有給が認められた前例があるんだから、公演を見る私の有給も認められるに違いない。
それとこれとは話が別とか、仕事終わりに見に行けばいいとかいう意見はシャットアウト。


公演は3週間も後だけど、もう既に期待で胸が弾んでしまう。

ふとスーパーで魚を買っていたことを思い出して、いくら秋の終わり冬の始まりのこの時期でも、晴れた日に生魚を長く常温に置くのは良くないと、そのあとは慌ててマンションに帰った。


貰ったフライヤーと一緒に、チケットを壁のボードにクリップで留めた。
久しぶりに高校同期の演技が見られるのが、とても楽しみだった。


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