アプリコットの憂鬱


きんきん、きらきら、今日は金曜日。

昨日までの出張は無事終わって、今日は久しぶりの本社に出勤。
南アジアの湿った熱い空気に慣れてきていた体には、冬の始まりであるこの時期の日本はかなり肌寒い。

帰国したてですっからかんに近い冷蔵庫からコンビニのサラダパスタを取り出して、熱いコーヒーと共に頂く。体があったまる、幸せ…。

部屋の隅に転がしてあったスーツケースから、他のものと分けてまとめておいた袋を引っ張り出す。これは今日出勤したときに持っていく用のお土産をまとめた袋なのだ。
それをちゃんと荷物に加えて、手早く支度をすませる。電車の時間を気にしながら家を出た。

「いってきます」

一人暮らしの部屋から返事はないけど、これは私のルーティンのひとつ。



「おはようございます」

同僚たちに挨拶をしながら自分のデスクへ向かう。業務開始時間の1時間前にも関わらず、出社している社員はそれなりに多い。
これだから商社は…。
世間から激務と言われるだけある。当事者の私が言うのもアレだけども。


「これ、今回の出張のお土産です!好きなの取って食べてくださーい」

そう声をかけてから、共有スペースに持ってきた袋から出したお菓子を設置。甘いの、辛いの、ちゃんとどっちも買ってきた。


「名前ちゃん、出張多いんだから毎回毎回お土産買って来なくていいのに」
「あ、先輩おはようございます!いいんですよ〜、楽しいんで!あ、これ頼まれてた香水です、どうぞ!」
「ありがと〜!やっぱ免税店だとお得だわ…」


袋から香水瓶の入った箱を取り出して渡す。高級ブランドのもので、確かに免税店で買うとすこしお得だ。


「名字、帰ったんだね。お疲れ」
「卯木先輩、昨日帰りました!ありがとうございます〜」

卯木先輩、2つ上の代の先輩で私の上司。海外出張が多くて、仕事ができてしかもカッコいい、ハイスペックな先輩。私が海外出張多いのはこの先輩の部下だから、っていうのもあるのかも知れないと密かに思っている。

「先輩のために現地の激辛フード買ってきたんですけどいりますか?」
「あ、それ食べたことあるよ。結構気に入ってるやつだ。ありがたく頂くよ」
「ほんとですか!どうぞどうぞ」


そうこうしているうちに始業時刻になって、正規の業務を開始する。
お土産を配って世間話に興じてしまっていたせいで、メールのチェックも市場状況のリサーチもなにも開始できていない。それに出張の報告書もまだだ。

デスクについてパソコンを起動しながら、ふと隣の席が空席なことに気がついた。


「あれ、茅ヶ崎は今日休み?」
「あー、なんか劇団の地方公演で今日明日明後日と大阪だっけ、関西の方に行くらしいよ。だから今日は有給」

劇団、そういえば茅ヶ崎、劇団入ってたっけ。

「わー、有給、うちの会社茅ヶ崎に甘くない?私がこの前有給取ろうとしたら課長にめっちゃ嫌な顔されたのに」
「それは名前ちゃんの有給取得理由が他人に理解されにくいからだよ」
「お、名字の有給の話?この前の理由なんだっけ」
「………ジニアの花がら摘みをするため」
「まぁーた園芸関係ね」
「名字の場合有給の使いみち大抵それじゃん、課長も嫌な顔するよそりゃ。劇団で公演します、って言われたら許可せざるを得ないけど、お花のお世話します〜って、それ有給取ってまですることか?って課長思ってるよ」
「ぶーーーーー」


同期の言い分も理解できるけれど、海外出張で家を空けがちな私にとって、日本にいる間にしっかりと花の世話をすることはとても大事なことなのだ。
それに、有給をとってゆっくりお休みしたい気分の時だってあるじゃないか。

マンションの部屋に備え付けられた広めのベランダにたくさん設置してあるプランターのことを思い出しながら仕事に戻る。



「劇団、かぁ………」


少し懐かしいような、むず痒いような気持ちになって、こっそりため息をついた。



紬くん、元気にしてるかな。


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