それも人生、とか言って誤魔化す


頼んだナポリタンを美味しく平らげて、デザートにプリン、それからお供に酸味の少ないコーヒーを頼んだ。


「よく食べますね」
「あはは、甘いものは別腹」
「そっすか」
「それ、台本?」
「次、秋組公演なんで」
「そっかぁ、チケットとって観に行くね」
「あざす」


そうかそうか、それは次回公演の台本だったのか。


目の前に座る高校三年生の男の子は、MANKAIカンパニー秋組のリーダーらしい。すごいなぁ、この歳で年上もいるのにリーダーとして秋組をまとめているだなんて。


台本、見えちゃったら自業自得でネタバレを食らう羽目になるから、できるだけ視界にいれないようにしよう。

そう考えていたら、摂津くんはぱたんと台本を閉じた。目に入ったタイトルは「異邦人」、異邦人?どんなストーリーなのか想像がつかない。公演が楽しみだ。



「あの、名字さん」
「ん、なに?」

運ばれてきたプリンにスプーンを突き立てて、こぼれるカラメルと一緒に口に入れたときに、摂津くんが話しかけてきた。
やばい、このプリンすごく美味しい。


「紬さんのこと、好きっすよね」
「………?」


プリンのカラメルのほろ苦さがすごく美味しい。

で、いま摂津くんはなんて言った?


「だから、紬さんのこと好きっすよね」


…え?


「んー?えー?えー??なんで」
「そういうの気がついちゃうタイプなんすよ」


正直かなり混乱してる。
一周まわってプリンの美味しさに打ち震えてる。
思ったよりプリンが甘めで、カラメルの苦さはいい引き立て役になっている。加熱して作るタイプのプリンだけど、そこまで固くなくて、滑らかな食感も美味しい。どちらかと言うと固めプリン派の私だけど、これは揺らいでしまいそう。


…で。

え?え?なんで?
なんでバレたの?

摂津くんとなんて、一回カフェで会ってほんの少しお話しただけ。
なのに、なんで?

摂津くん曰く、紬くんにお菓子の詰め合わせのお土産をあげた時点で、何となく勘づかれていたらしい。
あー、これあげた女、紬さんのこと好きなんじゃね?みたいな思考?
どういう理論というか思考回路で勘づいたのかは教えてくれなかった。意味がわからない。男の勘ってやつか。

で、この前カフェで初めて遭遇して、紬くんへの態度でわかってしまったらしい。

おかしい、察しがいいなんてレベルじゃない。


「最近の高校生こわい…」
「俺が特別なんすよ」
「じゃあ摂津くんこわい…」


ため息をついて、逃げた幸せを取り戻すためにプリンをもう一口ぱくり。美味しい。


「なんで告白しないんすか?」
「え、なに、摂津くん、他人の恋愛に興味無さそうなタイプだと思ってた。いや知らないけどさ」
「間違ってないっすけど気になって」
「うーん、紬くんが恋愛してるイメージがない」
「でも彼女いた事あるらしいけど」
「それは知らなかった」


え、彼女いたんだ。胸は痛まないけど、知らない紬くんにすこしもやもやする。



「んー、でも、ほら、結局演劇には勝てないじゃん」
「まあ、あの人筋金入りの演劇バカだわ」
「でしょ?だから叶わない恋なんてしないの、辛いだけ、だから紬くんのことは好きじゃないよ」


またため息ひとつ。なんだかなぁ。自分で言ってて悲しくなるなぁ。


「いや、なんで演劇に勝とうとしてるんすか」
「…え?」
「それ、仕事と私、どっちが大事なの?みたいな、そういう理論と一緒じゃないっすか?」
「…というと?」
「いや、演劇と恋愛って全くの別物っすよね、なんで両立できない前提なんすか?」
「…」
「仕事も私も別のベクトルの大切なものであって比べられないみたいに、演劇に勝てないとか、そういうの関係ないと思う。そもそも比べるものじゃない」



うわぁ、すごく真っ当なことを、高校生に言われてしまった。


確かにそうだ。
自分が傷つくのが怖くて、演劇の存在を理由にこの思いには必死に蓋をしてきた。


「まあ、紬さんの思考はマシで演劇中心なんで、恋愛させる気を起こすのが大変かもしれないっすけど」


そう言って悪戯っぽく笑う摂津くんは、それでも大人びて見えて、自分がすこし情けなくなってしまった。


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