ちゃんと嗤ってね


紬くんと公演を見に行くのは明日、そう、ついに明日。

前日の今日は、朝からいいお天気で、明日もこんな天気だといいなぁとベランダに出て思う。


起きてすぐにお湯を沸かしながら簡単にお花の手入れをして、コーヒーを入れてパンを齧った。

気分がいいし、今日は数駅先の大きなデパートに行こう。
来シーズンの服がそろそろ出る頃だろうから見に行きたいし、新しい靴も欲しかったのだ。それに、お気に入りのリップがそろそろ無くなる。ひとつ高いリップを買い足すのもいいかもしれない。


そうと決まればそこからの私の行動は早くて、簡単に髪をゆるく巻いて、お気に入りのリップを引いて、出かける用意をすませていく。


買い物は女友達とするのも楽しいけど、思い立ったときにふらりと行った方がいい物に出会える気がして、そういうのも結構好きだ。


自分のテンションを上げるため、楽しい気分でお買い物するため、誰に会うわけでもないのに気合を入れてメイクをしてしまった。

結局メイクは自己満足、それの最たるものがコレだよねって感じがする。待ち合わせの時間もなにもないからって、1人で買い物にいくだけなのにやたら丁寧にメイクする瞬間。

女の武装はメイクだと思ってるよ、私。


仕上げは大人っぽいあまり甘くない香水を首筋にすこしだけ。
媚びない色っぽい香りが、背伸びしたい気分の日や強い自分になりたい日にぴったり。



「いってきます」

綺麗にメイクして、少し上質な服に袖を通して、いい香りをまとって、すこしだけ強い女になった私が、いざ出陣。



デパートについたらじっくりレディースファッションのフロアを眺めた。
気に入ったものもいくつかあったけど、運命の出会いってほどではなかったから今回はやめておく。


いつもはあまり入らない価格がそれなりに高いお店で、すごく可愛い靴を見つけてしまって、すごく迷ったけど誘惑を振り切って店を出た。
今度出張があったら海外の店舗で同じ靴を探そう。もしあったら免税だから買ってしまおう。今は我慢。


コスメのフロアに降りて、心惹かれるリップがないか見て回る。
オフィスメイクとは違って、すこしセクシーな、血の色が透けたかのような赤色のリップ、そういう、こう、女をオンにしてくれるようなリップが欲しいのだ。

しばらく色んなブランドを徘徊して、いくつかタッチアップした後に、前のお気に入りのリップを買ったのと同じブランドにたどり着いた。


「なにかお探しですか」
「赤リップが欲しくて」
「こちらの限定品はいかがでしょうか」


タッチアップをお願いすると、まあ、なんて可愛いリップなんでしょう。


「唇本来の赤みに溶け込むような、キツすぎない赤が人気なんですよ」
「すっごい…いいですねこれ…!」
「ほどよい艶感も上品ですよね」
「はい!これ、ください!」
「ありがとうございます」



小さなショッパーを片手に、いい気分でデパートをでた。

夢中になって買い物をしていたからすっかり忘れていたけど、今はもうお昼時もとっくに過ぎて、おやつにさしかかろうという頃。

思い出したかのように空腹感が襲ってきて、どこかで遅めのランチにしようと決めた。


ちょうどこの近くには以前から気になっていた、ナポリタンが美味しいと話題の喫茶店がある。レトロな雰囲気なお店で、コーヒーの種類も豊富、それと美味しいプリンもあるらしい。

そこに行ってみようとスマホでマップを開く。


少し歩くと、大通りから1本外れたところにひっそりと佇む喫茶店があって、ここだ、と扉を開いた。

静かなジャズが流れる店内を見渡すと、どこかで見覚えのある人を発見する。


「…あれ?」

そう広くない店内で、それなりに近くの席に座っていたその人は、私の声が聞こえたのか顔を上げた。

ぱっちりと目が合って、ちょいちょいと手招きされてしまったから、おずおずと相席させてもらう。


「名字さん、っすよね」
「えーっと、摂津くん?」
「そうでーす」


思い出した、以前カフェで紬くんといたMANKAIカンパニーの男の子だ。


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