天の川


「出張お疲れ様」
「…うん」


控えめにグラスをぶつける。

お洒落なダイニングバーで紬くんと2人きり。
長かった出張から帰ってきたあとの休日。紬くんから誘ってもらって、こうやって一緒に飲むことになった。

とりあえず生、みたいに爽やかな気持ちになれなくて、度数高めのカクテルを流し込んだ。


「至くんから聞いたよ。この前の夏組公演、すごく楽しみにしてたって」
「…うん」
「急な出張なんて…残念だったね…」

いっきにグラスをあけた私を気遣うように、紬くんがドリンクメニューを私に向けてくれる。

「これ、これにする」
「わかった」

紬くんは店員さんを呼んで、私が指さした日本酒と、いくつか追加で食べ物を頼んでくれる。


あー、情けないなぁ、社会人にもなって自分の機嫌も取れないなんて。
紬くんの優しさに申し訳なくなってくる。


「紬くん、ありがと」
「いいよ。俺も楽しみにしてた公演に急遽行けなくなったことがあって、その辛さはよくわかるから」
「そっか…」


運ばれてきたバジルチーズ餃子をぱくり。これに日本酒って絶対違うよなぁと思いながらも日本酒をごくり。


「初めて、チケット当たったの、今までライブとかでも当たったことなくて。しかも結構いい席で、ほんとに、楽しみだったから」
「…うん」

あ、やばい、泣きそう。

眉間に力を込めて、溢れそうな涙をぐっと堪える。



「そんな名字さんに俺からのプレゼントです。代わりと言ったらなんだけど」


紬くんの明るい声に顔を上げる。
泣くのを堪えてたから変な顔してるかも。


「…え?」
「夏組公演の再演チケット!」
「え…しかも旗揚げ公演…!これ、再演人気でなかなかチケット取れないやつでしょ…?」
「事情を話したら監督さんがぜひって。俺のぶんまで用意してもらっちゃったから、一緒に見に行こう?」
「…ほんとに?いいの?」
「もちろん!これを渡すために今日誘ったんだ」


堪えてた涙がぽろりと落ちたのを感じた。


「すごい嬉しい、ありがとう!」


涙をこぼした私に紬くんは少し慌ててて、それがすこしおかしくて笑ってしまった。
差し出されたハンカチは紺色に控えめなお花の刺繍が入っていて、こんなところまで紬くんらしさがでてるなんて、とまた少し笑っちゃった。
アイメイクを崩さないように、メイクがハンカチにつかないように、そっと涙を押さえた。




「んー!美味しかったねー!」
「名字さん酔ってるね」
「うん酔ってるー」


ふわふわ、ぽかぽかとして、なんだか凄く眠い。


「ほら、名字さん、マンションついたよ」
「ん、もう着いたの?」
「うん」
「もっと紬くんといたかった!」
「あはは、ありがとう」


足取りが覚束無い私の腰を紬くんの手が支えてくれて、かつてない至近距離にアルコールではない体の火照りを感じる。

張り切って履いてきた高いヒールを言い訳に、このまま紬くんに転んだフリしてもたれかかってしまいたい。

近寄ったことで紬くんから清潔感のある柔軟剤の匂いがしてどきどきする。


「つむぎ、くん」
「ん?」
「公演見に行くの、楽しみにしてるね」
「うん、俺もすごく楽しみ」
「今日は誘ってくれてありがとう」
「少しでも名字さんの気が晴れたならよかった」
「もう日本晴れだよ、本当にありがとう!」
「あはは、じゃあ、またね」
「うん、またね」



高鳴ったままの心臓をぐっと拳で押さえて、深く息を吐き出す。紬くんの後ろ姿が見えなくなるまで見送って、見えなくなってからも放心状態みたいになってマンション前に突っ立っていた。


あぶない、すごく、あぶなかった。


酔ったからって、私と紬くんは友達なんだから、距離感を弁えない発言はしちゃだめ。

本当は、正直に言うと、もう少し一緒にいたかった。いやこれは口が滑って本人に言ってしまったけど。

酔った勢いで大胆な行動に出られるほどの酔いはなかった。


保身のために、この恋はだめだよって言い聞かせる心の声が本当に鬱陶しくて、公演は本当に楽しみだし、今日一緒に飲んだのもすごく楽しかったのに、どこか憂鬱な気持ちが消えなかった。


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