こんとらすと


「ち、けっ、と!!ご用意された〜!」


仕事から帰ってきて、作り置きのおかずをタッパーから小皿に取り分けて、電子レンジに放り込んだ。
片手間に操作していたのはスマホで、プライベート用のメールアドレスに届いた広告メールを消しながら、一番てっぺんにあったそのメールを深呼吸してから開いた。



『チケットをご用意いたしました。詳細をご確認ください。』


「うわあああああ!!!!」



MANKAIカンパニー、夏組公演『にぼしを巡る冒険』、見事当選致しました…!


冬組、春組と公演を見に行って、夏組を見に行かないという選択肢があるでしょうか、いや無い。

というわけで、千秋楽の指定席チケットを取るために抽選に挑んだわけだ。
これまでハマったアーティストのライブのチケットが1度もご用意されたことのなかった私なので非常に不安でしたが、今回は見事に当選することができちゃいました。
神は見ていてくれたのね。


翌日、いつも通り始業時刻の1時間前に出勤すると、車のキーを指先でくるくる回す茅ヶ崎に遭遇した。


「おはよ」
「はよ」
「ねえ茅ヶ崎聞いて、チケットご用意された、夏組」
「よかったじゃん。てか言ってくれたら今回も監督さんにお願いしたのに」
「いやいやいや、夏組には知り合いいないし、ファンとしてそういうズルはだめだと思うんだよね」
「ふぅーん…まあ、わからなくもないけど」
「しかも結構いい席だったよ、日頃の行いがいいからかな」
「それはよかったですね」


呆れたような笑い方に、さすが職場の王子様茅ヶ崎至、どんな表情でも顔がいい、なんて感想が浮かぶ。


夏組。
公式サイトによれば、賑やかなコメディ劇が得意。

前回の公演は「Warter me! 〜我らが水を求めて〜」で、アラビアンナイトの世界観の劇だったらしい。
今回は打って変わって、登場キャラクターは全員猫。主演はなんと中学生の男の子で、衣装係も兼任しているらしい。まだ若いのに凄い。
劇団員もほかの組に比べると比較的若めで、ワイワイとした楽しい雰囲気がある気がする。


冬組にはお気に入りのお菓子、春組には機能性を重視したタオル、さて、夏組にはどんな差し入れを買おうか。

海外出張の度にお土産を買うのが大好きな私は、そもそも人にあげる品物を選ぶことが好きだ。誕生日プレゼントでやたら張り切っちゃうタイプ。
そんな私なので、公演を見に行く時に持っていく差し入れ選びもすごく楽しい。
もちろん、差し入れは観劇に必須ではないということは知ってる。それでも、知り合いが所属している劇団だし、監督はあの優しい美人さんだ、差し入れという形でささやかだけど応援したい。


「仕事頑張りますか〜」


鼻歌でも歌い出しそうなほど上機嫌でパソコンを起動した私を、茅ヶ崎が訝しげな目で見てくるのを感じた。
気にしない気にしない。今は夏組公演を生きるモチベに、お仕事頑張ろうってやる気になってるんだから。


今日も今日とてメールチェック、打ち合わせのスケジュールを確認して、取引先からの問い合わせに返答、報告書を上司に送付。



…このときの私はまだ知らなかった。


急遽、トラブル対応のために海外出張が決まるなんて。


対処に手間取って、帰国が遅れることになるなんて。


…そして、楽しみにしていた夏組公演に行けなくなるなんて。


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