あなたのかたちをしていない王子様


「ありがとうございました」


カーテンコール、頭を下げる役者たちに、観客は惜しみのない拍手を送った。


用意してもらったチケットは前から四列目の中央近くという完璧な席で、そこから見る舞台は本当に素晴らしかった。

立ち見客も多くて、こんな人気公演のこんないい席を、知り合いだからってちゃっかりゲットしてしまった私は、何だか申し訳ない気持ちだ。



春組第二回公演「不思議の国の青年アリス」、大学生のアリスが不思議の国に迷い込んで、様々な人(動物?)と出会って、大切なものを知るストーリー。

春組は正統派メルヘン劇が得意らしいので、アリスの不思議な世界観はピッタリだろう。

息のあったかけあいは、寮で一緒に暮らしているからこその、とても近い距離のおかげなのだろうと思った。


茅ヶ崎は準主役で、主人公アリスを翻弄し、躱し、教え導く役どころ。
大学教授らしいメガネに白衣の出で立ちから一転、不思議な世界の中では帽子屋としてキュートなシルクハットを被ったスーツ姿を披露していて、バランスのとれた体躯と甘い王子様フェイスにその衣装はよく似合っていた。



席を立って、ささやかだけど用意した差し入れを渡すべく、受付に立っているお姉さんのもとへ向かった。
前回来た時は、紬くんたちの冬組公演に感動しすぎて愛想悪く差し入れですって渡すだけになっちゃったけど、今回はどちらかというと興奮して感想を喋りたい気分なので、ちゃんとご挨拶して感想も言って、それから帰ろう。


「あの、すみません、差し入れ預かっていただけますか?」
「あ!あなたはもしかして、至さんの会社の!」
「えっ、なぜそれを?」
「冬組も見にいらっしゃってましたよね。それで紬さんと至さんからお話を伺ったので。名字さんですよね?」
「そうです!初めまして、名字名前です。今回の春組公演もすっごく素敵でした…!」
「わ〜!ありがとうございます。私はこのMANKAIカンパニーの監督をしています、立花いづみです」
「監督さんだったんですか!すごい!」
「そんなことないです、私ができることなんて微々たるものなので」
「いやいやいや、まだお若いのに、とっても素晴らしいと思います…!」


お姉さん、監督さんだった。

立花さんのご厚意で、楽屋に入れてもらって、差し入れは直接茅ヶ崎に渡せることになった。
関係者以外立ち入り禁止の、劇場の裏側に案内してもらい、「出演者楽屋」と書いたプレートの下がっている部屋にたどり着く。その扉を、いづみさんがコンコンコンと叩いてから開けた。みんなお疲れ様〜、と入っていくいずみさんに手招きされて、後ろから一緒に部屋に入る。



「あれ、名字」
「至さん、お知り合いですか?」
「咲也。うん、会社の同僚だよ」

咲也と呼ばれたのは、公演ではチェシャ猫をしていた男の子だ。

ひらひらと手を振る茅ヶ崎の元に駆け寄って、差し入れの紙袋を勢いよく差し出す。


「ワーーー!!茅ヶ崎さん!!本物ダァ!!ファンです!!ファンになりました!!応援してます!!これ良かったら使ってください!!」
「至さんその人本当に同僚ですか?!」


鋭く突っ込んできたのは、公演では三月ウサギを演じていた男の子。

いや私は本当に茅ヶ崎の同僚なんだけど、この茅ヶ崎は私の知ってる茅ヶ崎じゃなかった。
意味がわからない。
でもわかってほしい。

いつも会社で隣に座ってるハイスペックイケメンが、舞台の上では衣装を着こなして飄々とした振る舞いをしていたわけだよ。
だって普段の茅ヶ崎は目に見えない三月ウサギと会話なんてしない。いやしてたらただのヤバい人だけども。

つまりは、商社マン茅ヶ崎しか知らなかった私は、役者茅ヶ崎の姿を見て、かなぁり興奮していた。とっても、すごく、かっこよかった!


「名字にそこまで言って貰えるなら、監督に頼んでいい席確保してもらった甲斐があったよ」
「え!茅ヶ崎さんわざわざ私のために頼んでくれてたんですか…?!さらにファンになりました…!!」
「いつまでそのキャラなの」


ファンです〜〜〜!!握手してください!!と言って茅ヶ崎からファンサを貰っていたところに、楽屋の扉が控えめにノックされてから開く。


「みんなお疲れ様」

そう言って入ってきたのは紬くん。後ろには冬組のメンバーと思わしき人達。


「あれ、紬くんだ」
「名字さん、なんでここに?」


紬くんは驚いたように目をぱちくりとさせて私を見る。

これはこれは、なんて偶然。


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