理不尽はいつも突然


電話がかかってきたのはお昼休憩を終えてあくびを噛み殺しながらパソコンに向かっていた頃だった。


「品質トラブル…ですか…?」


国内メーカー向けに海外から仕入れていたパーツに不具合が発生したという電話を受け、急遽海外出張が決まった。

ホテルとフライトを手配し、メーカーに対応を指示する。
やばいやばいやばいやばいと頭の中で繰り返し呟きながらも、パソコンに向かう手は止めない。


こういうトラブルは滅多にない。
でも海外の工場は、こっちになんの予告もなく、勝手に作っているパーツの仕様変更をしてくることがあるのだ。
日本じゃ信じられない。でも世界は広い、海外じゃ起こりうるのだ。

「素材を変えてコストカットした」「機械が壊れて同じものが作れなくなった」「従業員が減ったからひとつ工程を減らした」

意味がわからない。しかし恐ろしいことに実話だ。先輩との飲み会は過去のトンデモトラブル披露の場になることもあって、そういう話をよく聞く。
なぜ勝手に変える?作れないのなら報告して?
言っても無駄なのだ、価値観が違う、分かり合えない。



心の中で悪態をつきながら、私は空港の出国ロビーをキャリーケースを引いて歩いていた。


今週末はついに紬くんの冬組公演の千秋楽で、その翌日にはまたカフェでお茶する予定だった。
久しぶりに会えると思っていたのに、急に決まった出張で台無しだ。紬くんに謝罪と、千秋楽までラストスパート、頑張ってね!と応援のLIMEをいれた。
後から、俺のことは気にしないで出張頑張ってね、と返事をもらったけど、私の心は沈んだままだった。
だって会いたかったんだもん…。


お客さんを案内しながらの工場の視察、質疑応答、面談、お客さんと食事をとったあとはホテルの部屋でメールチェック………


怒涛の日程の出張をこなし、ついに帰国。
トラブルの対処も何とかなって、最悪の事態は防ぐことが出来て一安心だ。

正直今回の出張は過去最高の忙しさで、いつものようにお土産を買い込む暇がなかった。それでも、社内で出張の度にルンルンでお土産を買って帰ることから付けられた渾名「エンジョイ勢」の名が廃ると思うとお土産を買いたくて仕方がなくなってしまって、免税店でお菓子の大袋を買った。
限られた時間で、他にいいものがないかと探していると、上品な箱のお菓子の詰め合わせを見つけた。

「か、可愛い…」

思わず声に出てしまうほどそれは可愛かった。クッキー、チョコレート、マドレーヌといった定番洋菓子の詰め合わせなのだが、どれもお花をイメージした形になっていた。色も華やかなのに、海外のお菓子にありがちな毒々しさは全くない。
ジャスミンの花の形のクッキーや、薔薇の花のようなマドレーヌ。その中に、水仙の花の形のホワイトチョコレートを見つけて、ふと紬くんのことを思い出した。



「水仙はちょっと思い入れがある花なんだ」



高校生の時に、紬くんに憧れて園芸を始めた私にこっそり教えてくれた。
紬くんのおばあさんが大切にしていた水仙があったという話。

そのお菓子の詰め合わせは即決で購入した。千秋楽お疲れ様紬くん、舞台の仲間と一緒に食べてねって渡そう。



帰国した翌日、今日は金曜日。出社すると卯木先輩が話しかけてきた。

「名字、今回はお土産あんまり買えなかったみたいだね」
「忙しすぎて…これしか買えませんでした」


お菓子の大袋を共有スペースにぽんと置く。色々なフレーバーのチョコで、中にはマンゴー味、ココナッツ味といった南国を感じるものもある。


「先輩は食べられないですよね…もっと色々かえたらよかったんですけど」
「確かに甘いものは好きじゃないけど気にしなくていいよ。そもそも毎回お土産買ってくることないのに」
「だって、普通に会社に出勤してる人になんか申し訳ないじゃないですか」
「出張だって仕事だよ」


そうなんだけど…と思いながら、共有スペースに置いてあった他のお土産をそっとひとつ頂く。包み紙にはイタリア語が書いてあって、アジア圏の出張ばかりの私は少し羨ましくなった。ヨーロッパの出張なんて激レアだもん。


「あ、茅ヶ崎おはよ」
「名字だ、おかえり」

少し疲れた顔の茅ヶ崎が出勤してきた。
いつも通りキラキラ王子様フェイスにキャメルのスーツ、センスのいいネクタイにフワフワとセットされた髪。でも牡丹色の瞳の下にはほんの少しクマができていた。


「寝不足?」
「あー…バレた?」
「クマできてるじゃん。どしたの?」
「んー、実は次俺ら春組の公演があってさ、ちょっと久しぶりにみっちり稽古したから疲れが残っちゃったかも」
「そっか冬組公演終わったもんね。春組見に行きたいなぁ」
「チケット取ってあげるよ」
「めっっっちゃ楽しみ!」


春組公演はどんな内容になるんだろう。
同僚の違った姿を見るのも楽しみだ。

冬組公演はすごく良かったから、きっと春組も良いものが見れるはずだ。


紬くんの天使姿、とっても様になってたなぁ…。

思い出しながらそっとカバンに潜ませたお菓子の箱の包装を撫でた。実は今日、仕事終わりに紬くんと飲みに行くことが昨日急遽決まったのだ。
そこで渡そうと、私はそっとお土産を会社に持ってきていた。


久しぶりに紬くんに会える、と思うと、今日の仕事も元気に頑張っていけそうだった。


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