決してふたりのものにならない秘密


年末進行のハードワークに耐え、今日はついにやってきたお休み。

何度も鏡でチェックした服装とメイク、上品で控えめなゴールドのアクセサリーに、緩く巻いた髪と、明らかに「よそ行き」な姿の私。
気合い充分だけれど、それがバレないくらいの、ほどよいナチュラルな装い。

ふふふ、実は今日はちょっと特別な日なんです。


事の発端は、紬くんから突然きたLIME。
茅ヶ崎が私の連絡先を教えたみたいで、紬くんから連絡がきたのだ。

とてもびっくりしたけど、正直かなり嬉しくて、何度かやり取りをした後に会う約束を取り付けた。
場所は紬くんがオススメのカフェに連れて行ってくれるみたいで、天鵞絨駅前に集合だ。



「行ってきます」


いつも通り部屋に声をかけて家を出る。

冬真っ盛りの冷たい風が髪を荒らすから、頭に手を添えて天鵞絨駅に向かった。
あまりの寒さに、手袋をしなかったのを少し後悔したけど、駅まではそう遠くないし、とりあえずは我慢だ。


約束の天鵞絨駅が見えてくると、駅前に立っている深縹色の頭が見えて、慌てて駆け寄る。


「紬くん、久しぶり!待った?」
「わ、名字さん。今来たところだよ」


そういってふわりと笑う紬くんは、記憶の中の学生時代の紬くんよりずっと大人になっていた。でも笑い方はそのまんまで、なんだか胸の奥が暖かくなるような感じがする。

案内されたカフェは、たくさんの植物が飾られているカフェだった。どれもとても綺麗に咲いていて、丁寧に手入れされているのが伺える。


「名字さんも植物好きだったから、きっと気に入ってくれるかなって」
「紬くんありがとう。とっても素敵!こんなところあるなんて知らなかったよ」
「でしょ?」


まあ、植物好きになったきっかけは紬くんですよ、とは言わないでおくけれども。

ほら、好きな人と共通の話題が欲しくて、好きな人の好きなことを必死で勉強するみたいなよくあるアレ。
学生の頃の私の健気な努力が高じて、今に至るまでずっと植物を育てるのが好きなのだ。
少し恥ずかしい。


「年末は劇団もお休みなんだね」
「うん、年始もお休みだけどすぐにまた公演再開」


その言葉には少しも憂鬱な気持ちは感じられなくて、どちらかというとはやく次の公演がしたい、とワクワクしているみたい。
紬くんはやっぱり昔から変わってない。少し嬉しい。


「私、久しぶりに演劇見たけど、本当に感動した」
「そう言ってもらえると、これからの励みになるよ」
「紬くんのミカエル、健気で純粋ですっごく応援したくなるのに報われないのがしんどくてしんどくて…」
「うんうん」
「それに丞くんのラファエル!親友を自分が看取るなんて辛すぎる。それにラファエルは過去に愛する人を失ってたんだよね…悲しい…幸せになって欲しい…」
「あはは、名字さんにそんなに言ってもらえるならきっとラファエルも本望だよ」
「紬くん…」
「楽しんでもらえた?俺達冬組の公演」
「それはもうすっごく」
「あはは、ありがとう」


注文したカフェラテに口をつけて、カップについた口紅をそっと指で拭った。
ほろ苦いコーヒーとまろやかでコクのあるミルクがとっても美味しい。


「紬くんは高校卒業のあともずっと演劇やってたの?」
「んー、えっと、実は大学卒業のあとちょっと離れてて、今やってるこの公演を期に戻ってきたんだ」
「あ、そうだったんだ」
「名字さんは?高校卒業後はどうしてたの?」

紬くんの目が、すこしだけ、後悔と不安に揺れたように見えた。
多分、演劇を離れていたことについてはあまり聞かれたくないのかな、と思って深く追求はしないでおく。


「私?私はねー、うーん、留学に行ったよ」
「あ、そっか、国際系の学部だったよね」
「うん。中国に一年間行ってきた」
「わ、いいね。本場の中華料理!」
「火鍋とっても美味しかった!」
「いいなぁ」
「あとは長期休みにちょこちょこ海外に行ったくらい。あの頃は若かったから、安く長く海外にいるために激安オンボロ宿とか移動で車中泊とかザラだったけど、生命に支障はなかった」
「ええ、それ大丈夫なの?海外って治安悪いところもあるでしょ」
「あるある。財布何回もスられた。でもまぁなんとかなるもんだよ」
「すごい…たくましい…」
「あはは、女の子にたくましいってちょっと複雑だよ」
「えっごめん、そんなつもりじゃ」
「あはは、いいよいいよ、ちゃんと褒め言葉として受け取っておくから」
「それはどうもありがとう…。え、じゃあ中国語はペラペラ?」
「まあ日常会話はできるよ」
「すごーい」
「あ、でも中国語ってほら、地域差がすごいから…。私が喋れるのは北京語っていうか標準中国語?だから、地方によっては会話が難しかったりするよ」
「そっかそっか、確かに方言すごいって聞いたことあるかも」
「紬くんは?大学、心理学部だっけ」
「そうだよ」
「心理学ってどんなことするの…?」
「どんなこと…うーん、俺はスポーツ心理学っていうのかな、スポーツの社会心理学?を専攻したかな。簡単に言うと、勝負事に勝つ方法みたいなことを研究した」
「えっ!なんかすごそう」
「この研究のおかげでジャンケンがすっごく強くなったんだ」
「めっちゃ実生活で役に立つじゃん、最高じゃん………最初はグー、じゃんけんぽんっ!…負っけたぁー!」


不意打ちでジャンケンを挑めば、咄嗟に相手がグーがパーを出すことが多いから、パーを出せば勝ちやすい、って聞いたことがあったけど、紬くんの手はチョキで、まんまと負けた。
不意打ちで挑んでくるんじゃないかなぁってちょっと思ったよ、って笑われてしまって余計に悔しい。

なんなんだ、心理学部卒ってみんなこういうチートに育つのか?いやそんなはずはない、これは紬くんがすごいからだ、きっと。



そのあとは、メニューに載っていたタルトが美味しそうで思わず注文してしまって、タルトを食べながら紬くんとゆっくりお話した。
あまりに美味しくて、ひとくちおすそ分けした。
あーん、はしてませんよ、さすがに。
私がフォークをつけてないところを、紬くんがフォークでそっとひとくち分切り取っただけ。

美味しいタルトに大満足で、その日は暗くなる前に解散した。年末できっとやらなくてはいけないことも多いだろうし、暗くなってからは今よりもっと寒いし、少し危ないから。

駅前まで送ってもらって、そこで別れた。マンションまで送るって言われたけれど、紬くんが住んでいるMANKAIカンパニーの寮とは見事に反対側だったから遠慮しておいた。


「じゃあまたね。今日はありがとう!良いお年を!」
「こちらこそ。名字さんも良いお年を。気をつけて帰ってね」
「うん」
「またね」


そう言って手を振る紬くんに、私も手を振り返して家路に着いた。
紬くんとの"また"があることが嬉しくて、行きは気になった指先の冷えも、帰り道は全く感じなくて、それどころかじんわりと熱を持っていた。


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