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「お前もお前だ小娘。何度同じ気の緩みを見せるつもりだ?」

「…っ!」


真人が去ってすぐ木の幹に名前を押し付けた宿儺は、イラついたようにそう言い放って凄みを利かせた。

宿儺が何に怒ってるのか分からず、瞳を揺らして彼の顔を見上げる名前。
けれども名前のその表情を見て、宿儺は更に舌打ちをした。


「男に気の緩みを見せるとどうなるか…身をもってその身体に教え込んでやろう」

「やっ…!」


言うが早いか宿儺は名前の両手首を纏めて頭上に押し上げると、激しく口内を蹂躙した。


「んっ…!んん…!」


苦しくて、息が出来なくて。

それなのに引き出された舌を吸われ、舌先で口蓋も舐められた。


「もっ、やめ…っ…」


嫌がるセリフごと舐め取られ、歯列にも舌を這わされ。苦しくて自然と蒸気する頬と涙目に、宿儺の吐息も満足そうに上がるのがわかった。
更には顎にかけられた宿儺の手によって顔を上げさせられ、震える唇をなぞられる。


「なんで、なにも…」


何もしてないのに、と。

呪力も底を付き弱ってるのに加え、宿儺からの理不尽な蹂躙に涙する名前。

それを見て宿儺はさらに顔を歪ませた。


「どこまでもイラつく小娘だ。まるで自覚がない」

「…やっ、だ……!」

「いっそのこと今この場で。小僧の体のまま足腰が立たなくなるまで抱いてやりたいところだが───


そろそろ時間らしい、と。

余裕のない宿儺の声に気が付いた名前が顔をあげれば、手首を押さえている宿儺の手が細かく震え、顔に浮かんでいる模様も心無しか少しずつ消えていっているように見えた。


「餞別だ」

「!? や、ぁっ…!!」


首筋に食い込む、宿儺の歯。

すぐさま襲いかかる強烈な痛みからかなり強い力で噛まれていると分かったが、止める術がなかった。


「…名前!!」


けれど噛まれた時と同じく離れるのも唐突で、名前が薄目を開いた時、目の前には完全に顔の模様が引いた悠仁の顔があった。


「俺っ…俺……!!」


記憶は共有されてるのだろう。

苦痛に歪む悠仁の表情から、今し方宿儺が自分の体を使って名前にした事の映像が蘇っているらしく、体を離そうとした。


「悠仁っ…、」


だが行かないでと手を伸ばす名前に。
ポロポロと涙を零す名前のその姿に。

悠仁は罪悪感も全てかなぐり捨てて抱き寄せた。


「ごめんな名前…!!首とか、痛いよな…」

「痛い、けど…悠仁に抱きしめてもらえない方が、やだ…」


そう言って肩口に顔をうずめてくる名前の頭を撫で、すぐに行くって言ったのに、行けなかったのもごめんと謝る悠仁。
けれど名前は首を横に振り、来てくれただけで嬉しい、と返した。

…正確に言えば名前の危機に気が付き、駆け付けたのは宿儺だ。
それ故悠仁が名前のその言葉に何も返せないでいると、ふいに名前の首がかくん、と下がって重みが倍になった。


「名前!?」


慌てて名前の顔を覗き込む悠仁だったが、意識を失っただけなのだと分かってほっとする。


「敵の狙いは名前じゃなかったのか」


そこにかけられのは五条の声で、悠仁が振り返った先にいた五条はいつもの目隠しを外し、素顔を晒していた。

だが五条のその言葉に項垂れる悠仁。


「直接的な狙いだったかどうかは分かりませんが…
ツギハギ面の人型呪霊がまた名前を攫おうとしてました」


悠仁の浮かない顔を見て、それを止めたのはおそらく悠仁ではないのだと瞬時に理解する五条。

五条が過去にその呪霊とまみえた時、“悠仁の体ながらその呪霊に攻撃した宿儺”の現場も目撃していた。
故に今回もそれに近いか、もしくはなんらかの理由で宿儺本人が出てきて祓った、という事なのだろうと判断する。


「名前の容態は?」

「怪我らしい怪我はほとんどありません。…多分、力の使いすぎによる疲労で気を失ったんだと」

「見せて」


五条の言葉と近寄ってくる気配に気付き、ハッとなって体を強ばらせる悠仁。

それに気付いていながらも悠仁の肩にもたれ掛かる名前の顔を持ち上げて見下ろした五条は、何故悠仁が体を強ばらせたのかの理由を理解した。


「先生っ、」

「帳は解除した。僕たちも戻ろうか」


血が滲むほどの強い噛み跡。

名前の首筋に残されたその痕が『誰の仕業によるものなのか』という事に気が付いた五条は、晒していた素顔をいつもの布で覆い隠してそう言ったのだった。


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