「見せて名前」 硝子の許可も得て医務室の、意識の戻った名前のベットに歩み寄った悠仁は、そう言って手を伸ばした。 「…っ!」 けれど名前は首元を強く押さえ、泣きそうな顔で首を横に振る。 悠仁が更に手を伸ばせば、名前は殴られると思ってかぎゅっと目を瞑った。 誤解を解くよう、悠仁は両手で優しく名前の頬に触れる。 「大丈夫だから。ちょっと見るだけだから。…な?」 「引、か…ない?」 「引かないよ」 「…絶対?」 「うん。絶対」 首を押えてるのとは逆の方の手を悠仁に伸ばせば、悠仁はその名前の手を取って優しく握った。 「っ…」 それを受け名前は決意したようにゆっくりと首を押さえていた手を下ろすと、貼り付けていたガーゼも一緒に取り外した。 「…自分じゃ治せなくて、でも痛みがあるとか、そういうのはないの!本当に」 悠仁に何かを言われるのが耐えられなくて、名前は悠仁が口を開くよりも早く誤魔化すようにそう言った。 けれど、 ─── 『これはもう傷じゃない』 反転術式でどうこうなる問題の傷ではない、と。 そう言って首を振る硝子の姿を思い出してしまった名前は、耐えようと思っていた筈の涙が零れ落ちてしまうのを止められなかった。 「…引かないで…悠仁」 啜り泣く名前の首元。 ─── そこに浮かんでいたのは噛み痕による傷などではなく『目』だった。 もちろん本物の目などでなく、刺青のように彫り込まれた目の模様で。 そしてそれは間違いなく宿儺を想起させるような、紛うことなき彼自身を象徴するような『目』だった。 「あの野郎…ッ!!!!」 自分の所有物、或いはどこにいようと逃がさないというようなハッキリとした意志を感じさせる程くっきりと浮かび上がるその目を睨みつけた悠仁は、肩を震わせる名前を抱き寄せてそっとまたガーゼを貼り直した。 「引かねえし、こうなったのも全部俺の不甲斐なさのせいだ」 「…っ!! 悠仁のせいじゃない!」 悠仁を見上げ、否定するように首を振って叫ぶ名前。 「名前…」 潤んだその瞳と目が合った悠仁は、反射的に口付けていた。 「ん…」 とっさの事に目を見開いて動きを止める名前。 「…嫌だったか?」 選択肢なく口付けておいてこんな質問はずるい。自分でもそう思う。 それでももう、抑えられなかったのだ。二度も宿儺に奪われた名前の唇を考えただけで。 ─── …それなのに名前からの答えを聞くのが怖い。 今更ながらに襲い来る罪悪感から悠仁がうつ向けば、ぐんっと腕を引かれた。 「え?」 傾く上半身と、再び感じる名前の柔らかい唇。 「…悠仁なら全然、嫌じゃない」 口付け返してそう呟く名前だったが、名前自身どこにこんな積極性があったのかと驚いていた。 だが───────── 全くと言っていいほど嫌じゃなかったのだ。悠仁からの口付けが。 体は同じ為唇の感触は昨日荒々しく奪われた宿儺と同じ筈だというのに、だけども嫌悪感や拒絶感といった感情は一切なくて。 触れるだけのやさしいキス。 それが離れていっても名前の唇に残された感触は消えず、それどころかもう一度欲しいとまで願ってしまったから。 「…宿儺も、この間の呪霊も。正直怖いよ…でも、悠仁がいるなら頑張れるから。だからどこにも…どこにも行かないで…!」 それは名前の心からの悲鳴だった。 皆がいて、共に同じ道を歩む仲間がいるからこそ今の名前はどんなに辛くても、そして苦しくても。 諦めずに前を向けるのだ。 そしてそんな自分の心の中にはいつも… 悠仁がいるから。 「名前ッ!!」 か細い声で行かないでと呟く名前の手を、悠仁が取らないわけがなかった。 名前が望んでくれるのであれば、自分はどこまでだって彼女のこの手を取り続ける。その覚悟があるから。 「どこにも行かない。必ず こんなにも自分を頼り、こんな自分の想いにも応えてくれる名前がずっとずっと笑っていられるような世界を、そんな世界を必ず手に入れてみせると固く誓った悠仁は、もう一度優しい口付けを名前の唇に落としたのだった。 ×
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