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「先日ぶり。元気だった?」

「…!!」


一瞬にして名前の体を攫った真人だったが、後ろから追いかけてきたサンダーバードがその腕を攻撃し、滑り落ちる名前の体を背でキャッチした。


「ふーん。かなり扱えるようになってるね。五条悟の仕業か」

「なんで、」

「俺がここにいるのかって?そんなの決まってるじゃん」


首謀者だからだよ、と。

ニコッと笑ってサンダーバードに乗る名前に顔を近づけた真人は、再び名前を抱いてサンダーバードを蹴り飛ばした。


─── …そんなッ!!サンダーバードがそんなにあっさり、


「蹴り飛ばせるよ。今の状態ならね」

「…え?」


まるで名前の思考を読んだかのように響く真人の声と、術式を解いた訳でもないのにドロっと形を崩して消え去るサンダーバード。


「サンダーっ…、」


慌てて消えゆくサンダーバードに手を伸ばす名前だったが、次の瞬間ドクンと大きく痛んだ心臓によって息を詰まらせた。


「な、にっ…」


思わず真人の腕にしがみつき、痛みと霞む視界から耐えるように頭を抑える名前。

更には五条が呪力制御装置として与えてくれた腕輪も締め付けるかのように名前の両手首に食い込んでいた。

真人は呻く名前の髪を愛おしそうに撫でると、口を開く。


「五条悟は教えてくれなかったの?こんなにも強力な式神達を一気に出すなって。呪術師にとっては“呪力”がなくなるのも戦闘不能と同定義だよ」


名前の頭に唇を寄せ、弱っているその姿を慈しむかのように目を細める真人。

呻く事しか出来ない名前は真人を振り払う事も叶わず、ただ呆然と全身の力が抜けていく感覚を味わうしかなかった。


「こんな…時に…、」


フェニックス、フェンリル、サンダーバード、ワイバーン。

一体だけでもかなりの呪力を消費する式神を短時間で4体も召喚し、その内の一体は狗巻達を五条に届ける為別で召喚し続けている上、更に反転術式まで使ってしまった訳なのである。

呪霊や真人の出現はかなり予想外な出来事とはいえ、こうなってしまっては名前はあまりにも無力だった。


「強さってさ、脆さでもあると思うんだ。だって全員を守ろうとするあまり、自分の事は疎かになっちゃうんだからね」


物理的な攻撃は何ひとつとして喰らっていない。

それなのにこんなにも体は重くて。呪力は空っぽで。


「花御に任せて僕は僕の任務だけを全うしようとしてたんだけど、気になって来てみてよかったよ。こうして君を連れて帰る事が出来るんだからね」

「…い、や……」

「嫌でも何でも。抵抗できないでしょ?あ、赤血操術も使おうとしてたんだ」


名前の腰に付いているウエストポーチの中から血液パックを見つけた真人は魂の形を変化させると、針状に変えた手でグシャッ!とパックを地面に突き刺した。

一瞬にして地面へと流れ出る血液。


「新しい血は僕が採ってあげる」


そう言って楽しそうに名前に囁く真人だったのだが、次の瞬間その顔は凍りついた。


「一度ならず二度までも。不愉快極まりないな」

─── ッ!!」


地を這うような低い声が響いたかと思えば、一瞬にして真人の腕の中から消える名前と、飛び散る血飛沫。

それが自分の胸から迸ったものだと気付いた真人は、こんな時に…!とそれをした人物─── 顔に模様の浮かぶ宿儺の顔を見た。


「“肩”だけでは足りなかったと見える。楽にさせてやるから、散りざまで俺を興じさせろ」


ゾクッ、と。

本能的に震える体を悟られないよう、真人は顔を上げて宿儺を見た。

今し方攻撃されたのは胸だが、宿儺の言う“肩”とは前に真人が名前を高専から無理矢理連れ出した件の時に、一瞬だけ悠仁の体を乗っ取って負わせた傷の事だろうと気付く。


「まさかまた…邪魔をされるとはね…!!」


名前は知らないだろうが、あの後真人は吉野順平の件でも宿儺とまみえていた。
その時は直接ではなく、不可抗力的に真人が宿儺の魂に触れてしまった事で彼を怒らせてしまった訳なのだが…


─── それでもあの時宿儺は虎杖悠仁の“縛り”を断っていた筈…!!だからこうして体を乗っ取る事なんてのも出来ない筈なのに何故っ…考えられる一番の理由としては、虎杖悠仁本人が宿儺と体を代わっているという事だけど…


今後の為にもその点はハッキリさせておきたいと唇を噛み締めて宿儺を見る真人。


─── もしくはあの後に二人は新しい“縛り”を結んだのか…!?


だけどこんなにもハッキリと体の主導権を譲らせる程の“縛り”って一体…と真人が考えていると、ヒュッと風を切るような鋭い音が耳に届いた。


「長い」


今度は首から噴き出す鮮血。

切りつけられた首を抑えつつ、真人はじりっと後ずさった。


「…戦うつもりは無い」

「なら消えろ。今すぐにな」


戦う意思を否定する真人に対し、氷のように冷たい瞳を向ける宿儺。

宿儺の性格上相手が悩んでる時間や返答を待つ間も無くすぐさま殺しにかかってくるものだとばかり思っていたのだが、真人の予想に反して宿儺は攻撃してこなかった。

何かがおかしいと思ったものの、いつ宿儺の気が変わるとも知れない上に耐え難いほどの彼の存在感の強さから、真人はすぐさま飛び上がる。


「一体何を…虎杖悠仁と宿儺は何を条件に体を交換してるっていうんだ?」


前回の悠仁との戦闘で、真人は体の主導権は確実に悠仁にあると確信した。その証拠に悠仁はあの時、真人に何と言われようと宿儺と体を代わらなかったのだから。

それなのに何故───


取り込んでいる指の数こそ片手レベルといえ、現時点で十分な存在感を誇る宿儺。

それに、今の真人は高専から奪ってきた宿儺の指を六本も所持しているのだ。それを奪われ、宿儺が六本分の指を取り込んでしまう事の方が状況は遥かに最悪だった。


「ったくさ、厄介なんだよなーほんと。宿儺に名前を狙われると」


宿儺の所からかなり距離を取った真人は、そう呟いて不満そうに口を曲げた。

だが、それでも真人や宿儺以上に名前を狙っている人物が…夏油がいる。


「まぁ、夏油は宿儺に関係なく必ず名前を手に入れるつもりだろうけど」


─── そう…全ての決戦は10月31日に渋谷で。


「五条悟も簡単には名前を渡してくれないだろうし、最終的にどうなるのかってのは今からすごく楽しみだな」


遠ざかる景色を見てそう呟いた真人は、今度こそ完全に姿を消したのだった。


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