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「恵!!…と、狗巻先輩…!?」


立ち並ぶ建物のうち、一番端の建物の屋根の上にいる恵を見つけた名前は、けれどもその隣で吐血して倒れ込む狗巻の姿を見た瞬間息を飲んだ。

そして彼らの目の前には─── 目から木の枝のような物を生やしている者の姿があって。


「…落として!!」


ピシャンッ!!!


その人物が今まさに狗巻に攻撃しようとした瞬間、名前の指示を受けたサンダーバードがその人物目掛け雷を落とした。


「名前!!」

「何が…一体何が起こってるの?…フェニックス!!」


ワイバーンから降りた名前は戸惑うように恵と狗巻に駆け寄ると、すぐさまフェニックスを呼び寄せて狗巻を背に乗せるよう命じた。


「加茂さんも乗せてくれ!」


恵は意識を失っている加茂もフェニックスに乗せると、さっきの呪霊がいきなり現れたかと思ったら、あっという間に…と名前に告げた。

名前は恵の頭からも血が垂れている事に気付くと慌てて手を伸ばそうと、


── 『今の一撃は効きましたよ』


したところで突如として頭の中に響いてきた“声”に反応し、振り返った。


「…っ!!ワイバーン!!」


振り向いた先にはサンダーバードの雷に打たれて地に落ちた筈の呪霊の姿があった。咄嗟にワイバーンを呼び寄せていなければ、名前は呪霊の右腕によって腹部を抉られていた事だろう。


「ギャオ───── ッ!!!!」


名前の命を受け呪霊の前に立ちはだかったワイバーンは、鉤爪と尾で呪霊に応戦する。

その間にサンダーバードの背に乗った名前と恵は、呪霊達から離れた地へと降り立った。


「どこでもいい!!とにかく出口を探して、二人を五条先生達の元に届けて!」


状況が状況なだけに応急処置程度しか施せないが、なんとか二人の出血部分を反転術式で抑えた名前は、フェニックスの頭を撫でてそう命じた。
余裕のない主人に気付いてか、フェニックスは心得たとばかりに尾を揺らして飛び去って行く。

その背を見送りつつ、名前は恵の方を向いてきゅっと唇を噛んだ。


「さっきの呪霊…何を言ってるのかは全然分からなかったのに、意味だけは伝わってきて変な感じだった」


名前の言葉を受けた恵は俺も同じような感じだと言って名前の肩を抱くと、怪我がないか確かめるように素早く名前の全身に目を走らせた。


「俺に伝わってきたのもそんな感じだった。恐らく、独自の言語体系を確立してるんだろうな」


名前がどこにも怪我をしてないと分かった恵は、そう返してほっとしたように息をつく。そこへ、


「恵!!名前!!」

「…! 真希さん!?」

「一体何が起こってるんだ!?」


駆け付けてきた真希は呪霊とワイバーンの戦闘を見やりつつ、恵と名前に焦ったように問いかけた。

けれども恵は真希のその質問に首を横に振る。


「わからないんです。狗巻先輩が先にアイツと会敵していて、でも狗巻先輩もアイツの正体とかは特に知らないみたいで、」

「ギャ─── ッ」


バシャンッ!!


言いかけた恵の言葉は耳を劈くようなワイバーンの声によって掻き消され、それと同時に名前達のいる所から数メートルと離れてない川で大きな水しぶきが上がった。


「ワイバーン!!!!」


名前は靴が濡れるのも構わず川に入ると、すぐさまワイバーンに駆け寄った。

その名前の姿を見て素早く体を起こそうとするワイバーンだったが、その腹には抉られたような痕がいくつも残されていて。


「…ごめんね、痛かったよね」


狗巻や自分達を逃がす為に犠牲となってくれたワイバーンの頭を抱き寄せると、名前はワイバーンの抉られたお腹に手を当てた。

そして次の瞬間名前の手からポウッと光が生み出され、それを受けたワイバーンはまるで名前に身を任せるかのようにして瞳を閉じる。


── 『…驚いた。式神にも反転術式を施す事が出来るのか?』


名前が手を翳した箇所の傷が癒えるのを見て、降り立ってきた呪霊の感心したような(先程感じた違和感のある)声が聞こえてきた。

けれども降り立つ呪霊の右腕は肩から先が噛みちぎられた様になく、左のふくらはぎも一部が欠損している状態だった。

どうやらワイバーンは一方的にやられた訳ではなく、きちんと爪痕を残してくれていたらしい。


「俺達じゃほとんど傷付けられなかったってのに…」


名前の召喚する式神は自分の式神とは比べようもないくらいに格が違うのだ、と。

圧倒的なまでの力の差に震える恵だったが、現状これほど心強い事はなかった。何故なら名前がいなければ間違いなく自分たちは全滅だった筈なのだから。


「サンダー……っ?!!」

「名前!!」


だが治療の終わったワイバーンの術式を解除し、サンダーバードを向かわせようとした名前の体は、次の瞬間一瞬にして消えてしまったのだった。


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