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「悠仁っ…!ゆう、」

「分かった分かった。死んだと思ってた筈の虎杖が生きてたんだもんね?ゆっくりまったり感動の再会といきたいんだろうけど、とりあえず治療が先だから」


悠仁にしがみつく名前を引き離した硝子は、しがみつくその手も血塗れな事に気付くと、また派手にやったねと嘆息した。

五条は夜蛾との約束の件と今回の呪霊の件の対応の為、二人を送り届けに来た後は立ち去ってしまっていた。
対応次第戻ってくると言い残していたから、必ずまた戻って来るのだろうが。


「隣にいてもいいですか?」


名前をベットに横たわらせた後は手早く麻酔や包帯といった準備に取り掛かる硝子の背に、悠仁の硬い声がかかった。

悠仁のその言葉に眉を顰めつつ、硝子は肩を落としていいよと返す。


「但し、興奮させるなよ」


悠仁が死んだとなった時の名前はそれこそ恵や硝子達が何を言ったとしても一向に落ち着く事無く、治療にも差し障る程で。

だが悠仁が生きてると知った今は悠仁と離れる方がまた落ち着きをなくしてしまうのではと思い、それならまだ悠仁の意向も組んだ上で隣にいてもらった方がいいのではないかと判断して了承したのだった。


「名前…」


許可を貰った悠仁は、貧血により体中の酸素を巡らせる働きが低下してしまった名前に酸素マスクを付ける硝子の隣に移動すると、怪我してない方の名前の手を優しく握った。


「俺が生きてるって事、すぐに知らせてやれなくてごめんな。…でも、生き返ったとしても弱いままだったら名前に護ってもらう事になって、そしたらまた名前の事危険に晒しちまうかもって思───


言いかける悠仁の手を握り返し、首を横に振る名前。


「悠仁が生きててくれただけで…すごく、嬉しい」


悠仁の顔を真っ直ぐ見つめ、安心したように酸素マスク越しの口元を綻ばせる名前。


─── 悠仁が死んでしまったと思った時は、時人を失った時と同じように、自分も本気で死んでしまいたいと思った。


出会ってからの期間こそ短いものの、それほどまでに名前は悠仁に心を許してしまっていたから。


「こんな可愛くて健気な子がいるんだからさ。強くなってちゃんと護ってやりなよ」


輸血の準備をしつつ、反転術式で名前の傷付いた手を治してやりながら、硝子はそう言って悠仁の方を見た。


「体に受けた傷であれば治してあげられるけど、心の傷の方は受けた本人が心を許してる相手じゃないと治せないんだから」

「心を許した…相手?」

「何驚いた顔してんの」


伏黒や釘崎もそれはそれは困却してたんだよと続ける硝子の声を受けた悠仁は、ぐっと息を飲んだ。

名前に必要とされている、名前にとって自分の存在はそんなにも大きいのかと思ったら、こんな状況とはいえ悠仁は溢れ出す喜びを抑えられなかった。

名前も嬉しそうな悠仁を見て同じく嬉しそうに微笑み、傍から見ている硝子に若いねと言って肩を竦められる程幸せそうな空気を出していたのだった。

だがそんな二人を見て、硝子はふと思い出した出来事から強く口元を引き締めた。


「虎杖」


自分の名を呼ぶ硝子の真剣な表情に気付いた悠仁は、綻んでいた頬を引き締めてはい、と返事を返す。


「信頼し合う者同士のどちらか一方が強いっていうのはね、残酷な事なんじゃないかと思うよ」


あ、でも男女の場合は男のが弱いとプライド的に傷付くかと続ける硝子に、早くも傷付きましたけど…!と顔を顰める悠仁。


「まぁ、重ねるわけじゃないんだけど…昔いたんだよね、そういう2人がさ。虎杖と名前みたく男女じゃなくて男同士だったけど」


目を閉じた硝子の脳裏に浮かぶのは、昔クズ共と呼んでいた二人の男達の姿だった。

彼らはどちらも“最強”だった。
二人が組めばこなせない任務なんてのもなかったし、彼らに憧れる呪術師達も数多くいた。

それでも───


「…そのうちの一人は、さ。ダメだったんだ。もう一人がどんどん強くなってしまう事が」


“自分達二人”ではなく、“彼一人だけが最強”なのだと思ってしまったから。


「ダメだったって…一体どうなったんですか?その一人の方は」


聞くのが怖いと言う訳ではなく、純粋な答えとして彼の末路を知りたいというように揺れる悠仁の瞳。

硝子は名前の体の治療の終わった箇所に包帯を巻きつつ、静かに呟いた。


「非術師である人間達を殺して、処刑対象となったよ」

「!!」

「その彼を手にかけたのが五条だ」


硝子のその言葉に、どちらからともなく強く手を握り合う名前と悠仁。


「そんな…五条先生が…」

「五条の強さはイレギュラーすぎるんだ」


─── 『俺が救えるのは他人に救われる準備があるやつだけだ』


硝子は昔、五条にそう言われたことがある。それは“もう一人”が処刑対象となった後の事だ。


─── 『俺だけ強くても駄目らしいよ』


そう言って遠くを見つめる五条の顔を、硝子は昨日の事のように鮮明に思い出すことが出来た。

だから、


「二人は何があったとしても…誤った道だけは選ぶなよ。どれだけ実力差があろうと、追いつけないことは“悪”じゃない」


硝子がそう言うと、悠仁は心外だとばかりに顔を顰めた。


「俺は名前に追いつこうだなんて思ってません」


硝子の寂しそうな声を打ち消すよう、悠仁は力強くそう言い切って名前の事を見下ろした。


「正直言って俺はまだまだ名前の足元にすら追いつけてないですけど…でも俺は、名前の事を『追い抜いて』護ってやりたいと思ってます」


悠仁のその言葉を聞いた硝子は、予想外なその返答に瞠目した。


「ハハッ。追いつくんじゃなくて追い抜く、か」


意外な発想に硝子は思わず片手で顔を覆い、上向いた。


「そうか。彼もそういう考えに至れれば良かったのにね」


今は亡き“夏油”の姿を思い描きつつ、硝子は込み上げてくる感情から強く唇を噛み締めた。


─── 『もし私が君になれるのなら、この馬鹿げた理想も地に足が着くと思わないか?』


処刑後に(夏油)と会った時、五条はそう言われたのだと言っていた。

…だが、そうじゃなかったのだ。

夏油は五条になる必要など、追いつこうとする必要などなかった。それなのに彼はそれを念頭に置くあまり、結果として誤った道を選んでしまった。


「五条の言う通り、今年の一年は優秀だな」


この二人はきっと、五条達二人のようにはならない。

そうならないで欲しいと願う硝子に応えるよう、悠仁と名前は寄り添い合ったのだった。


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