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「ねぇ五条。名前ってどうしても前線に立たせなきゃいけないの?」

「え、何急に」


宣言通り対応を終え戻ってきた五条。

悠仁という心強い存在が戻ってきたことで、硝子がある程度治療を施した後は自身の反転術式で復活を果たし悠仁と共に走り去っていく名前の後ろ背中を見送っていた五条は、硝子のその突然の問いかけに驚いたように振り返った。


「いや彼女、私と同じで他人の怪我も治せるタイプみたいだからさ」

「は?」


反転術式で他人を治すのは五条にも出来ないでしょと続ける硝子に、ポカンと口を開けて固まる五条。


「え、名前ちゃん他人の怪我も治せんの?」

「だからそう言ってるんだけど」


何回も言わせないでくれる?とドライに返す硝子に、てか何でそれが分かったの?と五条も逆に聞き返した。その五条に対し、硝子は大半が空いたベットの方を指差す。


「恐らく、というか確実に名前を攫う為に校内に投入された大量の呪霊達のせいで、何人かの生徒も怪我してここに運ばれてきてたんだけどさ。あの子、自分が復活した後はその子たちの怪我を治してあげてたんだよね」

「…マジ?」


反射的に聞き返してしまったものの、こんな所で硝子が嘘つくメリットもない為、五条にだってそれが間違いなく本当の事なのだという事くらい分かる。

─── だが、それならば。


「だとしたら間違いなく名前は前線向きだよ硝子」


五条の言葉に硝子は眉を顰め、五条ってそんなに鬼畜だったっけと返した。


「鬼畜?あぁ、呪師としても前線で戦わせた上で、治療もさせるからって事?」


そういう意味で言ったんじゃないよと続けた五条は、ポケットに入れていた右手を出して硝子に翳して見せた。


「名前を最初に救ったのはね、悠仁だよ」

「…?」


五条の言わんとする事が分からずに首を傾げる硝子。

続きを促すように向けられた視線を受け、五条は再び口を開いた。


「呪力が暴走した名前は初め、本人の意思ではないといえ出会い頭に悠仁の事を殺そうとしてるんだ」

「え?」


それはさすがに初耳だった硝子が瞠目すると、五条は驚くよねーと笑った。


「それなのに襲われた悠仁は自分の馬鹿力だけでそれを阻止したばかりか、“彼女を護れるくらい強くなりたい”という想いに突き動かされて宿儺の指を飲み込んだみたいでさ、」


笑っちゃうくらい羨ましくない?と硝子の方を向いた五条は、片腕をトンッと壁につけて口角を上げた。


「それでもって名前もその悠仁の想いに応えて、悠仁と同じ高専(ここ)に入学することを決意したんだ。
それなのにその名前を前線から外すだなんて提案、担任としても僕個人としても出来るわけがないよね」

「…なるほど」


同級生として。

五条と学生時代を共に過ごしてきた硝子は、彼の優しさを良く知っていた。

天元の星漿体として選ばれた天内理子の時も五条は親友の夏油と話し合い、彼女がもし星漿体を拒んだ時には天元と戦う覚悟で同化はなしとしていた。

─── 決められた事だから。
─── そっちの方が確実にいい選択だから。

…等ではなく、五条悟という人間は相手の気持ちを一番に尊重した上で護ろうとする男だから。


「名前自らが前線から退いて仲間の救護一点に回りたいっていうんならもちろん止めないけど、彼女は間違いなくそれをよしとしないよ。自分の為に宿儺まで宿してくれた悠仁から離れるだなんて、そんな選択はね」


ニッと口端をつり上げて笑う五条に、分かった分かったと降参するように手を上げる硝子。


「せっかく現れた優秀な人材を欲しい気持ちは山々だけど、今回は大人しく諦めるとするよ」

「その優秀な人材は僕が責任を持って面倒見ますよっと」

「ほんとにお気に入りだね?彼女のこと」


付き合いが長いという事もあり、五条は硝子の治療の腕の優秀さをよく知っていた。
だからこそ五条は硝子に治療を預けた者のその後を医務室に見に来る事など滅多にない。

なのにも関わらず、今回五条はわざわざ用事を済ませた後またここにやって来て、名前の様子を確認しに来た。

硝子がその事を揶揄うと、五条はまあねと返した後硝子でさえ驚愕するような一言を返したのだった。


「僕のタイプ一直線なんだよね、名前ちゃん」

「…だとしても彼女には悠仁がいるんだろ?」


今し方自分でもそんなような事を言ってたじゃないかと硝子が返せば、五条はそういうシチュエーションってのもまた燃えると思わない?と飄々と返してきた。


「五条は、」


言いかけて、けれどその後に続けようとした言葉を硝子は言わなかった。

五条が名前の見た目や性格の事も含めタイプだと言っているのかは分からない。

けれど、五条が名前に惹かれている理由の一つに『自分と同等の力を持っている』というのが含まれているのだろうことは察しがついた。だが、いくら硝子といえどもそれをこの場で口にするほど野暮ではない。

だから、


「見た目的に五条と名前とじゃアウトでしょ」


そう言って誤魔化した硝子は、自然な動作で五条から視線を逸らした。

…先程悠仁と名前の二人に話した五条と夏油の過去。そしてその話をした際に悠仁が返した答え。


─── 『俺は名前の事を『追い抜いて』護ってやりたいと思ってます』


硝子にそのような発想はなかったが、もしかしたら五条にも彼と似たような考えがあるのかもしれない、と思った。

何故なら他者を寄せつけない程の強さを持つ五条は、夏油との件も併せ誰より一番強者の孤独さを知っている。

もちろんさすがの五条とて名前に護られたいだなんて思う事はないだろうが、『誰かに追い抜いてもらいたい』と願い、名前に焦がれている可能性は十分にあった。


「僕イケメンだし見た目も若いから全然イケると思うんだけど。まぁ、最終的には職権乱用って手があるか」

「やっぱりクズだね、五条って」


硝子の考えを知ってか知らずかそう洩らす五条に、思わず学生時代に五条と夏油の二人をクズ共と評していた感覚のまま硝子はそう言って笑っていた。

共に手を取り合い、駆けて行った名前と悠仁。

今の名前は自分の体を差し出してまで想いを寄せ、救ってくれた悠仁しか見てないのだろうと思うが、皮肉なことに五条を救う事が出来るのもその名前しかいないんじゃないかと思う硝子なのだった。


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