05.とある日常



「みょうじさん、次これ運んどいてね」
「はい」
屯所からすぐ近くのスーパー。私は近藤さんの紹介で此処で働いている。【隊士の妹が江戸に居る間の働き口を探している】という形だ。本当は屯所で女中の手伝いという話もあったのだが、自分の部屋と決まった場所にしか入ることが許されていないため、だからと言って何もせずただ保護されるのは申し訳ないという事で、覆面の見張り付きで此処で働かせて貰っているのだ。

隊士の妹という事で、攘夷志士に狙われる事を避けるため裏仕事(主に弁当等の惣菜作り)をしている。丁度昼時。作った弁当を惣菜コーナーに運んでいた。
此処で働くことになって2ヶ月程。少しずつ常連のお客さんや職場の同僚の方達とも打ち解け始め、生活も不自由なく過ごしている。
屯所の方達とも、大体の方とは話せるようになった。近藤さんはいつも気にかけてくれ、土方さんも怪しむ目は無くならないものの、最初の頃よりは冗談を交えて会話してくれるようになった。

でも、まだ1人。少しも隙を見せず私を始終警戒している少年が居る。そんな彼は私を見張るかのように毎日此処へ足を運んでくる。




「よぉ、女狐」
「沖田さん、こんにちは」
「なんでィ、今日のコロッケ弁当終了かィ」
「すみません、先程終わってしまって」
「ふーん。」
私の声には興味無さそうに別の弁当を手に取ると、思い出したかのように「近藤さんが今日は討ち入りが今夜あるから屯所に戻り次第自室から1歩も外に出るなっていう伝言」と言い、レジにさっさと歩いて行ってしまった。
口は悪いし怪しんでるためか冷たい態度を取られてしまうけど、本気で嫌がることはしてこない。そこが、沖田さんの優しいところだと思っている。
「伝言ありがとうございます!」
と離れた沖田さんに聞こえるように大きめに言えば、右手だけ小さく挙げて応えてくれた。
いつか、沖田さんと目を合わせて話をしてみたい。最近の私はそればかり考えていた。




「お疲れ様でした。」
「お疲れさん。今日はお迎えの隊士さんいないのかい?」
「はい。今日は忙しいみたいで。」
「気をつけて帰るんだよ」
「はい!また明日。」
店長に挨拶をし、店を後にした。外はまだまだ寒い。ハァと息を掌に吹きかけながら寒空を歩いて行く。行き交う人の息が皆白く「寒い寒い」と自然と口にする人も居た。
それでも賑やかなこの江戸の街が、私は以前よりも好きになって居た。穏やかに過ごせる今を、大事にしたい。でも・・・

「これがいつまでも続けば良いのに」
そう思うのは贅沢な事だということは分かっている。でも思わずには居られない。




「戻りました。」
屯所に戻り、女中頭のお菊さんに挨拶すれば、お風呂が湧いているから先に入るように促された。寒い身体には有難く、満面の笑みで礼を言えば足早に風呂場に向かった。
身体が温まると、夕食を食べに食堂へ。
隊士の方は数人居たが、早々と済ませ夜の見廻りへと向かって行った。主力隊士は討ち入りで出払っているので、屯所はシンと静まっていた。

お菊さん含め女中の方も屯所内にある寮へ戻った為、私も自室へ戻った。自室へ戻れば言いつけ通り部屋からは出ない。許しがあるまでこのままだ。ダメと言われたことや、こうして欲しいということは必ず守るとあの日誓った。穏やかに、静かに、今この時間を何事も無く過ごすために。



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