着付けの時に邪魔にならないよう適当に括っていた髪を解いてからリビングに戻る。

「…着替え、ありがとな。」

浄めが終わったこともあるのか、サラマンダー様は全くいつも通りだった。髪を拭きながら掛けられた言葉に、無言でこくりと頷く。

「………どうか…したか?」

今度は横に首を振る。言いたい事はたくさんある気がするのに…言葉が何も出て来ない。

「………。」

何も言えないままぐいぐいと服の裾を引っ張り、ソファの前まで来てもらう。まるで駄々っ子のような仕草だというのに、彼は咎めることなく…少し困った様な、どこか諦めた様な、何かを嘲笑う様な苦笑を浮かべながら座ってくれた。

「…急かしたりしねえよ。ゆっくり考えてから話せば良い……どうせ、原因は俺なんだろ?」

幼い子を宥めるみたいに頭を撫でてくれる。昨夜の出来事は夢だったのかと思う位に…私の方が引きずっているのが可笑しく思える位に、彼は普通だった。

「………。」

傍に居たかったけど横に座ったら余計に何も言えなくなる気がして、立ったまま心を整理しようと試みる。

何があったの?
誰かに何かされたの?
どうして来たの?
私に何かして欲しかったの?
本当に大丈夫なの?
心配かけない様に無理してないの?

何をどう言ったら良いのかわからなくて、頑張っても頑張っても疑問符がぐるぐる回るだけ。私がずっと黙ってしまっているのに、彼はただ静かに待ってくれている。

「………わからないんです………。」

「は?」

「…わからない…あなたが…。」

やがて私の方が沈黙に堪えきれなくなって発した言葉は、自分でも訳がわからなかった。でも何となく言いたい事ではある気がして…ますます混乱してしまう。

「……俺の何がわからないんだ?」

「………。……昨日…何があったのか…どうして、ここに来たのか……どうして…。」

…──あんな風に私に触れたのか。

最後のは何故か訊けなかった。言ったらいけない気がした…だからそこで問い掛けは途切れてしまった。

それでも…安直に言葉を並べただけの問いではあるけれど、聞きたいことを訊けた気がした。

「………。」

何がそうさせるのか、短い溜め息を吐く彼。

「……べつに…何でもねえよ。」

…その一言を…その意味を脳が認識した瞬間、反射的に体が動く。

パチンッ

まるで他人事みたいに遠くで響いた音は、間違いなく私の手から発されていた。揺らぐ視界に目を見開いた彼の顔が映る。

「………っ!?……ご…めん、な…さ……い……。」

じんじんする掌…細かく震える右手。それに気付いてやっと、自分のやってしまった事を認識する。

「…ごめんなさい…っ…ごめんなさい…。」

半ば信じられなくて呆然としてしまう。一刻も早く回復術を発動すべきだと思うのに、体は震えるばかりで動かなかった。

「……ごめんなさいっ…!」

また涙が零れて行く。

どうしよう。どうしよう。

嫌われる。嫌われる。嫌われる…!

「…ミノン。」

「っ…!?」

何を言われるのか…怖くて仕方なかった。耳を塞ぎたい気持ちを堪えて彼の方へ目線を向ける。

「………ミノン。」

変わらない、優しい声。

「……泣くな。」

その言葉の温かさに、余計涙が溢れる。

…壊れてしまった涙腺に、どうやっても制止はかけられなかった。



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