結局、そのように穏やかな時間がそう長く続くことはなかった。フライヤによる「授業」はあれきり行うことはできず、やがて共に旅をしたメンバーは別れ別れになってそれぞれの道を歩み始めた。

それでもエーコとビビが学ぶ気持ちを忘れることはなかった。エーコは毎日喜んで公女としての稽古に向かっている。ビビも時々アレクサンドリアやリンドブルムを訪れては、村に本を持ち帰っていた。ジェノムも含めた皆で学ぶためだ。

「フライヤ様、お時間を取っていただき、ありがとうございます。」

「構わぬよ。よく来てくれたな。」

そしてミノンはと言えば、トレノで一人暮らしを始めてから少しずつ学びを再開していた。類似した言語をかつて習っていただけあり、修得は通常に比べて速い。それでも一人での学習は難しいため、時々こうしてフライヤの政務の合間を見計らい教えを請いに行っていた。

「サラマンダーも、よく来たの。」

にこりと笑って言われ、サラマンダーが煩わしそうに目を逸らす。

「……ただの付き添いだ。」

しかし、彼も学ぶ気がないわけではなかった。必要ないと切り捨てていた文字に興味を持ち始め、今や基本的な読み書きはできるようになっている。

「そうか。……いつもありがとう。」

余裕を持った生き方を知り、守りたいと願う存在を手に入れた時から、彼は変わったのだ。フライヤに「知らなければ守れないこともある」と暗に言われてからは、大衆向けの新聞まで読んでいた。無論、彼の能力を以てすれば街を一巡しただけで大概の情報は手に入る。その補助としての役割というよりは、学ぶための役割の方が大きかった。

「それで、今日は何を持って来たのじゃ?」

「えっと、お料理の本を……わからないところが、どうしてもあって。」

「ほっほっほ……熱心じゃの。任せなさい。」

パラパラとめくったフライヤが、予想通りの内容に頬を緩める。肉料理に炒め物、煮物に揚げ物。共通しているのは、どれも良い酒の肴になるということだった。誰のために学びたいのかはあまりにも明白だろう。

「まずはこの単語が……。」

ミノンが学習に使っている帳面を広げれば、そこには随分と偏った語彙が形成されていた。食材名、健康関連、味付け関連……どれも数は一朝一夕では集まらないほど豊富だ。真面目さが少し行き過ぎている印象すら否めない。彼女は常に懸命なのだ。フライヤは優しい溜め息を吐くと、丁寧な解説に入った。ミノンが母語で手早くメモを取っていく。

「……これで、終わりかの?」

「はい! ありがとうございました。」

やがてミノンの手は裏表紙に辿り着いた。置いてあった紅茶を一口飲み、フライヤが穏やかに微笑む。

「……恵まれたものじゃの。美味な食事ほど有り難いものはないぞ。」

口端を上げながらじっと見られ、サラマンダーは煩わしそうに外方を向いた。見ようによっては照れたようにも思える。――何と人間味に溢れた行動だろうか。

フライヤが静かに瞑目する。心を封じていた少女と、心を殺していた男。生きることを諦めていた二人は今、こうして互いを大切に思いあって生きている。彼女も彼も――フライヤ自身も、たくさんの経験を通して大きく変わった。人は変わるものなのだ。

生きることは、学ぶこと。

たとえそれが明確な形を持たずとも、文字とならず人に伝わらずとも、人は生き、学ぶ。そしてそれは明日の糧となり、新たな学びを呼ぶ。かけがえのない学びと共に、人は生きる。

学ぶために生き、生きるために学ぶ。

あの冒険で得た記憶は、誰もの心に刻まれていた。



Fin.




[[前へ]] [[次へ]]


3/4



[戻る]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -