時は流れて、インビンシブル内の食卓。夕食の仕上がりが少し遅れているため、定刻に集まったメンバーはいくらかゆるやかな時間を過ごしていた。子供達とフライヤが遅れて入ってくる。
「ねえおじちゃん、見て! これあげる!」
ビビが姿を見るなり嬉々として差し出した紙には、何か文字が書いてあった。スタイナーが大事そうに受け取り、じっと見つめる。
“いつも、ありがとう”
それは先程まで文字を教えていたフライヤが、「伝える喜びを」と考えて書かせたものだった。たとえ真似書きに近いものであっても、書かせる意義はあると感じたのだ。
「ボクね、フライヤのおねえちゃんに教わって、いっぱい練習したんだ。上手に……なったかなあ。」
「もっ……申し分ありませんぞビビ殿! 光栄の極み! 完璧であります!」
スタイナーが思わず感涙する。まるで幼い子供から手紙を貰った父親のようだ。
「ジタン! はい、これ!」
「お? なんだ?」
「んもぅ、ニブチンなんだから! こーゆーのはこっそり読むの!」
エーコにぴしゃりと怒られ、同じく紙を受け取ったジタンは決まりが悪そうに頬を掻きながら後ろを向いた。内側に書かれていた“さっさとダガーにコクりなさいよ!”との文言に苦笑いする。僅か6歳の子供が懸命に習った字で伝えるのがこれだろうか。
「フライヤったら、こんなことをしてたのね。二人ともとっても嬉しそうだわ。」
「ああ。本当に楽しそうに学ぶから、教える方もやり甲斐があるよ。どうしても限りはあるがの……。」
「そんなことはない。子供らに学ぶ喜びを知らせる……何とも素晴らしいことである!」
教養を積んできた3人が、はしゃぐ子供達を穏やかな目で見守る。まるで幼い頃の自分達を見ているようだったのだ。学ぶことが楽しくて仕方のなかった――大人の庇護下にあった頃。安心して学べる環境というのがどれほど恵まれたものであったのかを、それぞれ脳裏に思い描く。
「ミンナ、お待たせアル! 今日のは新作だから手間取っちゃったアルよ〜。」
そんな和やかな空気は、美味しそうな匂いでよりいっそう和らげられた。子供達が我先にと食器運びの手伝いをしに行く。
「そういえばクイナ、ク族の文字って、エーコ達の文字と違うんでしょ? クイナはエーコ達の文字、読めるの?」
「ワタシ、勉強したアルよ。レシピいっぱい読みたいアルね!」
料理に関係する質問だったせいか、クイナは自慢げにそう答えた。何ともクイナらしい理由にダガーが笑う。
「……サラマンダー、おぬしはどうなのじゃ。」
「…………。」
「……教えようか?」
「…………余計な世話だ。」
「おや……つれないの。……もし読めるなら、読んでやってくれぬか。」
フライヤは小声でそう囁くと、綺麗に畳まれた一枚の紙を手渡した。サラマンダーが怪訝な顔をしつつ、面倒そうに広げる。書かれていたのは、慣れない様子だがそれなりに整った字だった。
“共にいてくださること 感謝しています ミノン”
彼女が教えを受けていたと知って、もはや驚く者はいない。彼女が異世界の出という事情を知っているからだ。彼女は話すことはできるが、読み書きはできない。この世界に降り立った時、樹々に――文字を知らない存在に記憶を分けてもらったためだった。人間に、手を出さないために。
「勘違いするでないぞ、他の者にも書いておるからな。おぬしだけではないからな。……それで、読めたか?」
「…………。」
「……共にいてくださること、感謝しています……だそうじゃ。可愛らしいものじゃの。」
厨房の奥から出てきたミノンが、サラマンダーが読んでいることを見留めてはにかむように笑う。途中でクイナに手伝ってほしいと呼ばれたため、あまり長い文は書けなかった。しかし伝えたいことは確かに形にできていると感じたのだ。
「ねえミノン、ミノンの文字は? エーコたちと違うやつ、ミノンは書けるの?」
「え? あ……はい、一通りは。」
「見てみたい! お夕飯食べ終わったら、見せて!」
ビビも隣で懸命に頷く。ミノンが笑って了承すると、歓声まで上がった。
「こらこら、あんまり夜更かしするなよ?」
「はーい!」
「ミノン、わたしも見たいわ。良い?」
「もちろんです。」
クイナが腕によりをかけて作った主菜が運ばれてきて、いっそう賑やかになる。およそ命を懸けた戦いの最中とは思えない――平和な時間。生きる強さを保つだけに十分な力を、それは持っていた。
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