「……っ!?……ど、……どうなさったんですか……?」

突然の行為に大いに動揺し、真っ赤になった顔で問い掛ける少女。

「………別に。………届かないなら言え。」

彼はそれに答えず、はぐらかす様に他の言葉を続けた。この星に住まうヒトの平均身長よりだいぶ小柄である彼女にとって、ヒトの標準的な体格を想定して造られた家屋の道具はどれも少々背が高いのだ。今さっき彼女が闘っていた様な……普通の人間でも踏み台に乗って使うことを前提とされた棚などには、どうやっても手が届かない。

「取ってやる。……俺もそんなに狭い心の持ち主じゃねえよ。」

「……で、で……でも……その様に、わざわざ……。」

「おまえに怪我されるよりずっとマシだ。──大切にさせろ。」

とんとんとリズム良く撫でながら華麗になされた親バカ……もとい恋人バカ発言に、少女の頬がまたいっそう紅くなる。確かに彼は人並み外れた長身であり、あの棚にも踏み台を使うどころか背伸びすらせずに手が届いた。対して少女の背丈はといえば12インチ(約30cm)はある踏み台に乗ってなお、彼の肩辺りまでしかない。──彼女が無理をするより彼に頼んだ方が速いし、先程の様な危険を冒す必要もないだろう。

だが彼女にはどうしても生真面目なところがあった。自分がしっかりして術を使えば良いこと──そう思うと彼の優しさには甘えられず、素直に「取って」と言うのも憚られるのだ。

「……わ……私、その様に子供では……だから、……だから、その……平気です……。」

「さっき落ちかけたのは?」

「そ、……それは………そう、驚いたからです!ですから……、……あの、……何故この様に私を抱き締めているのですか?」

相変わらず姿勢を変えようとしない彼に、何とか顔を上げた少女が腕の中から問い掛ける。この様に鼓動が速まった状態では上手く言い訳出来るはずの事も出来ないと感じたからだ。こんな風にされるのは本当に幸せだけれど、出来れば放して欲しい……。だがそんな少女の願いも虚しく、彼はこう答えただけだった。

「……理由なんかねえよ。」

強いて言うなら、いつもよりおまえの顔が近くにあって新鮮だったから……と付け足され、少女がまた頬を染める。こういった行為も言葉も、彼は大人だから何ともないのかもしれないが──彼女にしてみれば過剰に意識し、鼓動を速めざるを得ない対象なのだ。いつもこうやって戸惑わされるのは自分ばかりだと、どうしようもない悔しさの様ないじけたくなる様な気持ちを感じ……八つ当たりの様に彼の逞しい胸板へと頬擦りする少女。

「……どうした?」

「…………理由なんてありません。」

少しばかり拗ねた口調で仕返しの様に言うと、甘える様に顔を埋めた。そのまま深く息を吸い、大好きな匂いをいっぱいに嗅ぐ。

「………お腹空いてたんじゃないんですか?」

「……いや。」

このままじゃ作れませんよと小さな声で言った彼女に、彼はすぐ否定を返した。そっと腕の位置を変え、それから小さな身体を軽々と抱き上げる。

「気が変わった。……夕飯まで何も要らない。」

思い出したら仕方ないと解放してくれるかもしれないという少女の予想とは裏腹に、彼の方は作らせる気もなくなった様だ。言葉の通り少女を台所から連れ出す。

「おまえがいないと、つまらん。」

からかう様に少女の額へと小さく口づけを落とすと、彼は心底満足そうに笑った。


“構って欲しい”


そんな自分の感情が理解出来ず──また素直に口にすることも出来ない彼の気紛れに翻弄され続けた少女は、心の中で白旗を上げたらしい。



fin.



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