トレノの外れ──とある民家。

日中差さない陽に代わり月が顔を出そうかという頃、ふと彼は読んでいた新聞から顔を上げた。読む習慣こそついたもののまだまだ読破には時間がかかるそれを下ろし、斜め前を見やる。

じっと目線をやった先にいたのは──黒髪の少女。中途半端にだが同棲の様な生活を始めてだいぶ経つ相手である。彼女は18という年齢にしてはとても甘えたがりで、いつも子供の様に構って欲しがるのだが……。

「………。」

今はといえば手元の針と布に集中しており、彼の方を一瞥もしない。──集中すると周りがやや疎かになるタイプなのだ。

この様に、最近彼女は彼がいる前でも一人で何かをすることが増えてきた。関心が薄れたのではない──彼から離れることが出来る様になったのだ。それは彼女の精神状態が落ち着いているということを表していた。昔は彼が負担に感じるほど一人ではいられなかったことを鑑みれば、奇跡にも近いだろう。

何をしているのか、細い指先は器用に糸を操っている。数回瞬きをすると、彼はもう一度新聞に目を落とした。いくらか経ってからパラリと頁を捲り、溜め息を吐く。

読み飽きた新聞を適当に畳んで脇に置くと、彼は徐に席を立った。その足でだらだらと台所へ向かう。夕食はまだ遠いが小腹が減ったと感じたのだ。

彼が仕入れた青菜の漬物をローテーブルに置く頃になって、やっと気付いたのか彼女が顔を上げる。慌てた様な顔ではっと辺りを見回し彼と目が合うと、申し訳なさそうに笑った。

「ごめんなさい、私また……。」

急いで立ち上がって彼に駆け寄る。ただでさえ彼の顔は小柄な彼女にとって遠いのに、座っていたら尚更だからだ。そんな彼女を見た彼は空いていた方の手で宥める様に彼女の頭を撫でた。少女が嬉しそうに笑う。

「……出来たのか。」

「あ……いえ、まだ途中です。」

「……そうか。」

ぽんぽんと軽く叩いてから手を離すと、彼は腕にかけていた毛織を広げて少女の肩に掛けた。どうやら先程ついでに持って来たらしい。

「あ、ありがとうございます……。」

ほんのり頬を染めて礼を言った彼女に、寒くなって来たことぐらい気づけと彼が苦笑する。彼女は寒さに弱いが、集中すると時間の経過どころか室温の変化にすら気づかないのだ。他の土地なら当たり前の「日が沈む」という変化がないせいもあるのかもしれない。

「何を持って来て……って、あ!またこういうことなさる……お腹が空いたのなら言って下さいませ。何か作りますから……。」

彼が漬物の瓶とフォークのみを持って来たことがわかると、少女は困った様な表情を浮かべた。本来それは肉類の付け合わせにするものであり、何よりいくら残りが少量とはいえ皿にとって食べるものである。そういった食生活の質の様なものに彼が無頓着なのは承知の上であるし、面倒な気持ちはわからないでもないが……出来る限りきちんとした食事を摂って欲しいと願う手前、咎めずにはいられなかったらしい。──彼女はとても家庭的なのだ。

「………俺はこれで構わん。……十分食べられる。」

それとは対照的に、彼はといえば今まで外食か惣菜で日々の食を遣り繰りしていた男である。栄養だとかに関する教養にも乏しく……あまり関心もないのだ。味や質に拘れる生活を送っていない期間が長かったことも影響しているのかもしれない。

「そういう問題ではなくて……。」



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