しんと空気の冷え込んだ夜。

家の屋根の上では煌々と輝く街明かりに邪魔されてしまうだろうということで、男と少女は二人だけの穴場とも言うべき草原に来ていた。上空からでなくては見つけにくい山間にある上、四方は崖で囲まれ路も拓かれていない為……普通の人間が入ることは実質不可能なのだ。

とはいえ彼の様に相当の実力を備えていれば生身であっても辿り着けるのだが、今日の場合は何も苦労する必要はないだろうと少女の使役である“ユキ”に乗り二人は草原に入った。少女が役目を終えた大きな白い鳥の頭を撫で、石に戻ったそれを腰に着けている巾着に仕舞う。予想通り先客はいず……世間のお祭り騒ぎが嘘の様な静けさを風だけが撫でていった。

「……いつ、流れるでしょうか。」

「…さあな。」

新聞にあった予想時刻に合わせて来てはいるものの、あくまでそれは大方の予想であって予言ではない。お気に入りの場所に座って凍て星の煌めく夜空を見上げつつ……少女はぽつりと呟いた。彼も隣に座り、倣う様に頭上を仰ぐ。

「でも、…流れなくても、綺麗……。」

数多の瞬きにうっとりとして笑う少女。残念ながら満天の星を見ても何の感慨も湧かない彼は、徒然を紛らす様に少女へと目線を移した。やや強い風に白の外套が煽られる。

ふと、目線はそのままで懐に抱いていた銀色の筒の蓋を開け……そっとそれに口を付ける少女。──中には温かい紅茶が入っているのだ。彼女の慣れ親しんだ魔法瓶ではなく金属製であるため長時間保温することは叶わないものの、暫くは多少の暖を取ることが出来る……寒さに弱い彼女が、今日の様な夜に長く外へ出ている為に考えた策だった。染み渡る温もりに頬が緩む。

幸い今宵は雲一つない上、陰暦換算で月の16日目──紅の月が蒼の月の手前に来る晩である為に月影は常よりも星明りを邪魔しなかった。漆黒を湛えた空には何時にも増して多くの白や赤、黄や青の煌めきが見てとれる。

流れるのを待つ間、少女は赤い星を数えようとしてみたり、星々を繋げば何かの形に見えないかと画策してみたりと忙しかったが……彼は相変わらず彼女を見ていた。ある意味、彼にはそんな彼女を観察することの方が興味深かったのだ。いつもなら「見られると恥ずかしい」と顔を伏せてしまうのに、今は空に夢中で目線に気付かないというのもあるのかもしれない。──実を言うと人並み外れた身体能力を備える彼には、それこそ彼女が羨ましがるほど多くの星が見えている。しかしながらその優れた視力は空の星ではなく、夜闇の中で少女の表情を見ることに使われている様だ。

しばらく互いに保っていた沈黙は、何度目かの冷たい風に、少女がそっと肩へ手をやったことで破られた。その目線は変わらず空へと釘付けになっている──恐らく無意識の行動なのだろう。

「……おまえ、中は。」

「えっ?」

「………厚着をしているのか。」

すぐに自分の方は向いたものの、その言葉に僅かばかり逸らされた目に……彼が盛大な溜め息を吐く。──少女は風邪を引かない。だが元来虚弱な彼女は、寒さに晒されればすぐ体力を失い……それを補う為に自然と力を使ってしまうのだ。

通常ならば雑作もない事でも、上手く力の調整が出来ない今の彼女には負担となりうる。矢鱈と使えば体調に異常を来す為、彼女は──強大な力を持ちながらも──家の結界など必要最低限のもの以外には使わない様にしているのだった。

「……馬鹿かおまえは。」

さっと彼が腕を伸ばす。肩口を覆っていた小さな手をグイと掴めば冷えきっているのは明らかだった。常人より低めの体温を持つ彼にさえ、それは冷たく感じられる。

「なに考えてんだ……体調崩したいのか。」

「ち、ちがっ…。」

「じゃあどうして厚着して来ねえんだよ。」

「き、…着て来ました…!…っ、でも…。」

急に冷えた空気を吸ってしまって気管を痛くしたのか、軽く咳込む少女。確かに彼女は普段から厚着であり、その言葉の通り今日も一枚多く着ていた。しかし体質の為か彼女は女性らしい肉付きと縁遠い……故にいくら厚着をしようと、生半可な程度のそれでは事足りず凍えてしまうのは仕方のないことだった。

「……帰るぞ。星なんざ流れねえ。」

ひどくぶっきらぼうな物言いと共に彼が立ち上がり少女の手を引っ張る。膝の上から紅茶の筒が草に転げた。途端に泣きそうな顔になり、必死で首を振る少女。

「っ…嫌です!……帰りません……!」

「……駄目だ。」

「…いや…っ!」

ここで実力行使に出ないのが彼の優しさだろうか。膝立ちで懸命に拒否する彼女を抱え上げることはせず、じっと見つめる。──無論、最終的にどちらが“力”が強いかと言われれば少女の方だ。だが今この場で相手を従わせる“力”があるのは……彼の方だった。

「………体調を崩す。」

一転して諭す様な口調になる彼。彼とて意地悪をしたい訳ではないのだ。どころか、興味もないのにこんなところまで付き添って来たのは──偏(ひとえ)に彼女の願いを叶えてやりたかった為。だがそれも少女の体調と引き換えにするものではないと彼は感じたのだった。

「これくらい平気です…!……流れ星、……見たいんです……。」

薄ら涙まで浮かべて懇願する少女。

「………。……何か、暖かくするものはないのか。」



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