夢を見た。

夢なのにヤケにはっきりしていて、一瞬現実かと錯覚してしまったが…違った。証拠に俺はインビンシブルのデッキに向かって無意識に歩みを進めていたし──第一。

「…おまえ…。」

「必要な分は眠ったわ。」

一人きりで立っていたミノンに「寝てなかったのか」と言おうとしたら、まるでこちらの思考を読んだかの様なタイミングで答えが返って来た。夜風にはためく白い外套…その後ろ姿にどこか不自然さを感じる。

(………。)

…そうだ。こちらを見ないで話す事など普段の彼女ならしないし…何より言葉の端々に敬語の類いが付いていない。やはり、夢だ。

「…あなたは人間なのだから、眠らなければ死ぬわよ?」

「……そのうち眠る。」

これが夢ならば眠っている事になるのだが……少し戸惑いつつ曖昧に返事を返す。彼女はまだ向こうを向いたままだ。

沈黙の中、彼女の外套が煽られる音だけが絶えず響く。一際強い夜風が吹き抜けたあと、彼女は不意に口を開いた。

「ねえ。」

「…何だ。」

「まだ、死にたいって思ってる?」

「……はあ?」

いきなり何を言い出すんだ…夢とはいえ、妙過ぎる。

「前に言ってたでしょ?訳の分からない状態で生きるより、死んだ方が良い…って。だから。」

「………。……あのな。」

確かに言ったが…。

「…今は、」
「私ね。」

聞いておきながら俺の言葉を遮るミノン。こんなことも現実にはそうそうあり得ないだろう。…なぜこんな夢を見ているんだ?

「昔、死にたかったの。」

「…!?」

……本当に…何故、こんな夢を。

「今考えたら、バカだったって思う。だって私には、家族も友達もいる。…だけどね、死にたかった。この世から消えてなくなりたかった。」

変わらず向こうを向いたまま、彼女はただ静かに話し続けた。普段口数の少ない彼女がこうしてよく喋るというのも違和感を覚える。

「小さい頃ね…口が利けないと勘違いされるほど人と話せなかったの。人に囲まれただけで失神した事もある。人が怖くて、怖くて…堪らなかった。…大きくなって、そんな私からは変わったつもりだったわ。でも、今の私は…あの時の様にとても弱い。戻ったんじゃない……魔法が解けてしまったの。──人の、怖さを思い出して。」

「………。」

「それでもずっと、人を信じていた。…でも…いつも私は捨てられた。……ある時はね、私の様な黒髪は悪魔の印とされて、関わる事は罪となる世界で…優しい人達に保護されたわ。罪をも恐れぬという態度だった。…なのに…ある日、私は目が覚めたら牢にいた。」

彼女の声はひどく平淡で、顔も見えないこの状態では全く感情が読めない。…こちらを向いたところで、かつての様な無表情なのかもしれないが。

「看守に、お前は捨てられた、あいつらは金と引き換えにお前を渡したって言われて…鞭で打たれたわ。」

「……何故…抵抗しなかった。」

その力を以てすれば、人間等の言いなりにはならないだろうに──そういう意味合いを込めて問うと、色のなかった彼女の声に嘲笑のようなものが混じった。

「…お前が抵抗すれば、あいつらを殺すって言われたの。私を捨てた人なんか庇う必要はなかったかもしれない。だけど、私はあの笑顔が忘れられなかった…裏切られたと知っても。」

「………それで?」

「結局耐えられなくて、力を暴走させてその世界は跡形もなくなったわ。守りたかったものを、自分で消した。」

また色を失くす声。その口調はまるで一つの物語の結末を聞かせるかのようだ。

「………。」

「…そんな事が何度も続いたわ。役目なんてろくに果たせなくて、聞くのはライラの溜め息ばかり。もう嫌だ、代わりの人を決めて…って泣きながら訴えたって、魂は代えられないと言われるだけだった。」

細い肩が震えだす。泣いているのだろうか。

「だから…死にたかった。死んで、他の人に役目を押し付けたかった。…でもね…死ねないの。」



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