ふと思い出す。──昨晩のことだ。納得出来ないという思いだけを抱え、俺はあの村の周りをさ迷っていた。馬鹿らしいとは思うが一所に留まっていられなかったのだ。そうしているうちはっと気付いたら、あの崖──奇襲を仕掛けるのに使った崖だ──まで来ていた。不思議と引き返す気にはならず、何気なく地面を見下ろしながら昼間のことを思い返していた時……不意に白いものが視界の端に映ったのだ。

見間違いか気のせいかとも思ったが、五感が人の気配を訴え始めた為きちんと目を向ければそこには女物の外套が…否、それを被った人間がいた。…無論、いくら考えに没頭していたとはいえ人目に付く様な場所になどいない。だが見つかっては面倒と気配を消し、息を潜めていると……外套の主はその場に静止した。

そのままいつまでも動く気配はなく、いい加減疲弊してきて出来るだけ気配をさせず立ち去ったのだが…あれは真夜中のはずだ。あの時は何とも思わなかった。しかしあの外套は、いま少女が着ているものそのものだ──まさか、寝ていないのか。

普通に考えれば、あの時間に偶々起きて来ていたと察するのが妥当だろう。だが浮かんだ仮定は生々しく現実味を帯びて来て……少女を現実から遠ざけて行った。食べも眠りもしないだと?……まるで……。

「…っ!」

一瞬、闇の奥を覗いたかの様な錯覚に陥る。──少女の漆黒の瞳と目が合ったのだ。知らぬうちに目線が彼方を向いていたらしい……少女は相変わらず何の感情も感じさせない顔で此方を見ていた。

気まずくなって目を逸らす。すると少女がゆっくりと立ち上がる気配がした。そのままふらりと何処へ行くのかと思えば、──此方へ向かって来る。

そして足を止めると、空虚を宿した様な表情で真っ直ぐに俺を見上げた。それから何を考えているのか二三度ぱちぱちと瞬きし……目線を俺の手元に移し、また此方を見る。

食べないのか?──そう訊かれた気がした。他のやつらの話からして喋れない訳ではない様なのに、何故喋らないのだろうか。

「………あるから、必要ない。……おまえにやる。」

ふと、押し付ける先が出来たと思えて実行に移す。これで少女の問い掛けへの答えにもなっているだろう。

「………。」

少女はその場からしばらく動かず、手に乗せられたパンを見詰めていた。小さな手に余ったそれは、少女の手を余計小さく見せる気がする。……よくよく見れば彼女は背丈も想定していたより小さかった。俺の胸くらいまでだろうか。

「……………。」

長すぎる沈黙に一体何がしたいのかと苛立ち始めた時、呟く様に言葉が紡がれる。

「………あなたの、……もの…です。……私…は…あなたに、受け取って…欲しい……です。」

初めて喋った少女は、言い終えると同時にそっと此方にパンを差し出した。動かずにいれば、手元と俺の顔を交互に見つめる。やがて徐に細い指先でパンの端を千切ると、口に含み──こくりと嚥下した。

「……大、丈夫。」

心の奥を覗かれた様な感覚に悪寒が走る。──残りを改めて差し出した少女は、創られたきり動かない人形の様にその場で静止した。暗い色の瞳に見つめられ……自然と手が伸びる。

「………。」

受け取ればそれは、心なしか温かい気がした。…少女が持っていたせいか?

実際人形に過ぎないというあの黒魔道士兵よりずっと人形という形容の相応しい彼女と、手の温もりというものは……どこかかけ離れている気がしてすぐには結び付かなかった。あの手が──温かいのか。

そんなことを考えているうち、少女は満足したのか元の位置に戻っていた。風に吹かれ手の中の温もりが逃げて行く。


気づいたら、口に運んでいた。



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